隣のクラスの錦山くん
夏祭り。3
パンッ──
最後のコルク弾がぬいぐるみに命中する。ゆらゆらとぬいぐるみは揺れるとふらり、と後ろに倒れて棚から落ちた。
「「やった!」」
見守っていた私も思わず錦山くんと声が重なる。そして、お互い顔を見合わせて手を打ち合わせた。店主はほんの少し悔しそうに顔を歪めながら、しぶしぶと猫のぬいぐるみを私に手渡してくれた。
「錦山くん、ありがとう……!」
私はぬいぐるみを抱き締めて、礼を言う。こんなかわいいぬいぐるみを錦山くんから貰えたなんて、一生の宝物と言っても過言じゃない。嬉しくて、嬉しくて、口元が緩む。
「ホントにありがとう……」
「おう。そんなに喜んで貰えたならこっちも獲った甲斐があるぜ」
何度もお礼を言うと、錦山くんは照れたように後頭部を掻いていた。
射的の屋台を離れ、私達はのんびりと歩く。かき氷を食べたり、フランクフルトを食べたり、焼きそばを食べたり──そのほとんどは錦山くんが食べていたのだけれど。育ち盛りの男の子は本当によく食べるなぁと再確認した。その頃にはすっかり心臓の鼓動は収まっていた。
「お、もうすぐ、花火だな」
街中に取り付けられている時計を見ると、この祭の目玉でもある花火の時間が近づいていた。
「俺、特等席知ってるから、今から行こうぜ」
「へぇ?何処なの?」
「こっちだぜ」
花火なんて何処からでも見れるとは思うのだけど、錦山くんの言う特等席は気になった。私が頷くと、錦山くんは笑って私の腕を引いた。
屋台が途切れ、しんとした住宅街を進んで、神社の裏手に回る。古びた階段があった。
「ここは……」
「神室神社の旧社殿の入口。古くてあぶねぇから、一応立ち入り禁止らしいけど」
「立ち入り禁止って……大丈夫なの?」
「平気だって、誰も来ねぇし」
あちらこちらが欠けていて、少々不安のある階段だ。腕を引かれるがままに立ち入り禁止の看板の横を通り抜けた。
階段を上がった先、旧社殿は長らく使われていないからか人気がなく、祭囃子も遠い。申し訳程度に付けられた提灯の明かりを頼りに二人で社殿の裏手へと回った。
「ここ、花火見るのに絶好の穴場なんだぜ」
「そうなんだ。ずっと住んでたけど知らなかったな……」
本当の二人きりになったせいか、さっきからずっと心臓が五月蝿くてまるで耳の横についているみたいだ。掴まれた手首が火傷しそうな程に熱い。ちゃんと会話を出来ているか不安しかない。
旧社殿の裏手へ回り込むと一段と空が近い。遮るものもなく、これなら花火はかなり見やすそうだ。
「もうすぐだな」
二人で空を見上げて、その瞬間を待った。
一筋の赤い線が空に舞い上がり弾ける。空にぱっと鮮やかな花が咲く。そして、儚く消えていった。
「わぁ……綺麗……」
何度も花火がうち上がり、夜空を鮮やかに照らす。その美しさに息を飲む。毎年見ている筈なのに、ここで見る花火は今まで見た中で一番綺麗だった。
私は胸元でぎゅっと両手を握りしめる。
錦山くんとふたりで花火を見上げれる日が来るなんて昔の私は思いもしなかっただろう。まるで恋人同士みたいだ。でも、私達は違う。本当にただの友達。人気者の錦山くんを友達ってのも恐れ多いけど、私達の関係性はそう呼ぶのが一番近いような気がする。
付き合えなくても、こんな風に隣で笑いかけてくれるだけで充分だ。それ以上はいらない。
好きだけど──私は視線を下に落とした。
「……今日のお前、可愛いぜ」
花火の弾ける音に交じって聞こえた、そんな声。
驚いて顔を上げた瞬間に額に柔らかい何かが当たる。それが何かを理解出来ないまま、私は吐息が届きそうな近すぎる距離に跳ねるようにして後退ると錦山くんは可笑しそうに笑っていた。
「ほら締めの花火みたいだぜ」
錦山くんの視線を追いかけるように夜空を見上げると、ラストを彩る錦冠が鮮やかに降り注いでいた。
それは星降る夜の日の出来事。
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