短編
慟哭
side:Nishikiyama
アスカが薄く笑む。笑顔なんていつぶりに見たろうか。もう随分見ていなかったように思う。その口元に銃さえなければ、素直に喜べただろう。
シンジに押さえつけられたまま、錦山は必死に手を伸ばす。振り払おうにもそれなりに体格のいいシンジはびくともしない。そうしている間にアスカの指先がトリガーに掛かった。
撃つわけない、撃てるわけない。
今までの反応から勝手にそう思っていた。だが、アスカの瞳は何もかもを諦めた色をしていて、引き金を引くことさえ容易くやってしまいそうで、心臓が嫌な音を立てる。
「どけ!シンジ!!やめろ……!!アスカ!!」
必死に叫ぶも想いは通じなかった。乾いた破裂音がして、ぐちゃりとアスカが崩れ落ちる。麗奈もシンジも錦山も、その場にいた全員が今しがた起きた出来事に言葉を失った。
「──アスカッ!」
放心し力の緩んだシンジの身体を突飛ばし、錦山は崩れ落ちたアスカに駆け寄った。白いスーツが汚れるのも構わず、血溜まりに浮かぶアスカを抱えあげる。まだ体温も残っているその身体は死んでいるなんてとても思えなくて、信じたくなくて。先程起こった出来事なんて夢想だと錦山は自分に言い聞かせた。
「アスカ……なぁ、アスカ……何とか言えよ」
震える指先でアスカの頬に触れる。温かい。しかし、何の反応もなく、開いたままの蒼はガラス玉の様にただ無機質に錦山を映した。
「あぁ……ぁああ……」
嘘だ。うそだ。ウソだ。またうしなってしまった。優子だけでなく、アスカまでも。どうして、どうして。俺ばかりがこんな目に──。
言葉にならない慟哭を漏らしながら、錦山はアスカを強く抱き締めた。
アスカを喪った今、錦山に残されたものは絶望と東城会四代目の座への渇望だけだった。失うものももう何もない。開いたままの眼をそっと閉ざしてやり、血にまみれた唇にキスをする。
「……殺してやる……」
血に濡れた銃を拾い上げ、シンジと麗奈を睨み付けた。子分だろうが、長年の付き合いがあった女だろうが、もうどうだって良かった。引き金を引くことに躊躇などない。
「何もかも全部ぶっ殺して頂点に立ってやる!!」
衝動のまま、俺は指先に力を込めた。
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