隣のクラスの錦山くん
初詣
はぁーと冷えきった指先に吐息をかけて擦った。かろうじて感じられた温もりですら、この寒さの中では貴重だ。肩を震わせながら私は初詣で賑わう神社の境内に歩みを進めた。
こんな人混みの中で現地集合、だなんて無茶振りだ。相変わらず大雑把な親友だ。そんなところも含めて私は大好きなのだけれども。
チラチラと辺りを伺いつつ、本殿へと歩みを進めていると、そこそこ強めの力で肩を叩かれた。
「やっぱり待ち合わせした方が良かったって──!?」
友人だと思って振り返った私は石化した。そんな私の様子を一切気にせず、私の肩を叩いた当人は暢気に「よっ」と片手を上げて爽やかな笑顔を浮かべている。
「に、にににににににしきやまくんっ!!」
半歩飛び退さりながら叫ぶと、錦山くんは声を上げて笑い出した。隣にいた滅多に笑わない桐生くんも心なしか薄く笑みを浮かべているような気がする。
「はははっ!年明け一発目の"それ"で運気上がりそうだぜ」
「それは絶対ないよ、錦山くん……」
まだ笑いが止まらないのか、腹を抱えている。なんだか気恥ずかしくなって、視線を下に落とすとちょっぴり乱暴に頭を撫でられた。乱れた髪がぴょこりと跳ねる。
錦山くんに頭を撫でられるのはもう何度目だろう。俯いたまま私は寒さ以外の理由で赤くなっているであろう頬を押さえた。
もじもじとしていると桐生くんがそろそろ行こうと促してくれたお陰でようやっと顔をあげることができた。
「あ、じゃあ……」
またね。と、そう続けると目の前の二人はきょとりとした。何かおかしなことを言ってしまったかと内心で先程のセリフを繰り返して確認する。
「お前も初詣に来たんだろ?どうせなら一緒に行こうぜ」
確かにそうだけれども。
心臓が荒れ狂っていて今にも死にそうだ。このまま一緒に、だなんて無理だ。助けを求めるように隣に立つ桐生くんに目配せしたが、彼は首をかしげて私の反応に不思議そうにしている。……彼に察しを求めたのが悪かったようだ。
あぁ、もう。これ以上無意味なやり取りを続けても仕方がない。女は度胸!と爆発しそうな心臓を押さえつけて、錦山くんに頷いた。
◇
本殿までは参拝に来た人達が数珠繋ぎになっていて、前の人に倣って列の最後尾に並んだが辿り着くには暫く時間が掛かりそうだった。
「そういえば、今日はアイツと一緒じゃないんだな」
「あー……うん。現地集合って言われて会えてないの」
「こんな所で現地集合って不可能だろ……アイツらしいけどよ」
結果は見ての通りである。
錦山くんはあきれ混じりに笑いながら、少しだけ前に進んだ列にあわせて一歩踏み出した。それももしかしたら、この状況を見越しての事だったのかもしれない。彼女は妙に敏いところがあるから。
「寒っ……」
人混みである程度風は遮られてはいるものの、寒いことには変わりなく私は身体を震わせながら、白い息を吐き出した。すぐそこだからとマフラーも手袋もせず出てきてしまったのを早くも後悔する。せめてカイロくらいは持ってくるべきだった。
冷えきった右手が何かに包まれる。おっかなびっくり、手元を見ると一回り大きな手が私の手を掴んでいた。
「にしきやまくん……?」
錦山くんを見上げたが、視線を明後日の方向に向けたまま一切こっちを見ようとしない。
「……これなら、ちょっとくらいは暖かいだろ?」
「え?……うん、ありがとう」
正直、お互いの指先は冷えきっていてちっとも温もりなんて感じられなかったけれど、その優しさが嬉しくて暖かった。私がお礼を言うと、それに答えるように手を強く握りしめられた。
錦山くんの向こう側にいた桐生くんがその顔を見て、珍しくにやりと笑う。
「錦、お前顔赤いぞ」
「うっせぇ、バカ!言うなよ!」
そう叫んだ錦山くんの顔は確かに赤くて、つられて私まで顔が熱くなってしまった。
やっと順番が来た。
離れてしまった手の平がほんの少しだけ名残惜しい。五月蝿かった鼓動がすっと落ち着きを取り戻した。
それぞれ賽銭に五円を放り込んで手を合わせて神様に祈る。
(これからもずっと、錦山くんと一緒にいられますように……)
ありきたりで。けれど、実現するのは難しい願い。付き合ってる訳でも、桐生くんのように特別仲が良い訳でもないのだから、卒業したら関係性はそれまでだ。
手を合わせたまま横を盗み見すると、錦山くんも桐生くんもしっかり手を合わせて何かをお願いしているようだった。
「……っし、じゃあ帰るか」
すっと目の前に手が差し出されて、私はしばしその手を見つめた。もしや帰りも手繋ぎで帰れるのだろうか。おずおずと手を重ねると、しっかりと握りしめられた。その微かな温もりに心臓がきゅっと小さくなる。
「俺、もしかして邪魔か……?」
ふたりの光景を見た桐生くんの小さな呟きで私と錦山くんは同時に吹き出した。
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