- ナノ -

龍が如く2

12:多事多難


あれから二日。

新藤から受けた怪我は東都大病院で手厚く治療してもらった。東城会の組員も怪我をしていただろうに柏木はわざわざ俺の事を優先して手配してくれて感謝せずにはいられない。幸い刀傷は出血は多かったが傷自体は浅く、縫うほどではないと診断されたため俺は神室町に戻っていた。
新藤のせいで心的外傷の方は間違いなく悪化していたが、東城会と近江連合の戦争が始まろうとしているときに一人病院で閉じ籠ってなんて居たくない。今のアスカに出来ることは少ないかもしれないが、それでも何か力になりたかった。

しかし、力になりたいとはいったものの、町中を歩くだけでまた冷や汗が止まらなくなっている。少し前に真島と蒼天堀に行った時でさえここまでではなかったのに。すでに心が折れそうだ。
ふらふらと覚束ない足取りで壁際により、楽な姿勢をとって深呼吸をした。あまり意味はない。

新藤は死んで、今は錦山組も無力化されている。もうアスカに執着するような人間はいない筈なのだ。それでもやはり一日二日で納得できるような物ではなくて、物陰から彼らが見ているようなそんな不安がずっと続いている。家でさえ安心できないのに、町中に心休まる場所なんてあるわけもなく、神経を尖らせていたら酷く疲れてしまった。

「ふぅ……」

息を吐き出して、眉間を押さえた。大人しく入院生活をするべきだったろうかと早くも後悔をし始める。

と、俯いた視界の端に黒い革靴が映り、アスカは顔を上げた。黒ずくめの男達──その手には大振りの指輪揃って付けられている。特徴的な赤い宝石の埋め込まれた指輪はジングォン派の象徴だ。指輪の仕掛けに毒薬が仕組まれていて、万が一の時は毒を飲み自死するという恐ろしい組織。

そんな連中が何故俺を襲うのか。その理由を探るように目を細めて、奴らの思考を読む。

「チッ……人質なんてナメられたもんだな」

舌打ち混じりに吐き捨てて、アスカはどうにかこの場を切り抜ける方法を探るように視線を動かした。表面上は余裕があるように見せてはいるが、心臓は早鐘を打ち、冷や汗が止まらない。気を抜けばすぐにでも足から崩れ落ちてしまうだろう。

「お前らなんかに利用されてたまるか!」

荒々しく雑なパンチを繰り出して、先手を取る。だが、相手もそれなりの戦闘慣れしているようで少し身を反らして避けられた。アスカもそのくらいは見越している。隙さえあれば良かった。

相手の脇をすり抜けてそのまま走り出す。

どうせ正面から戦っても今のアスカに勝ち目はない。わざわざ負ける勝負を受けるほどアスカは暇じゃないし、桐生の重荷になるなんて真っ平ごめんだ。

「追え!!」

背後から複数の足音が聞こえてくる。俺を逃すつもりはなさそうだ。飛んでくるナイフを間一髪で避けて舌打ちをした。まだ日も早く神室町には一般人が多くいるというのに無茶をしてくる。

逃げる俺とその後に続く黒服の男達を見た通行人がぎょっとして退いて道を開けていく。撒ければいいが、体力の落ちた身体では難しそうだ。それでも捕まるわけにはいかない。

喘ぐように酸素を補給して地面を蹴った。ミレニアムタワーの前、泰平通りに差し掛かった時だ。視界の外から車が突っ込んできた。

「──なっ!?」

反射的に受け身をとれたのは奇跡だったが、殺しきれない衝撃が全身を襲う。周囲から甲高い悲鳴が聞こえて、身体が飛んだ。

「ぐあっ!?」

地面を転がり、打ち付けた痛みに呻く。地面を掻き、身体を起こそうとしたが力が入らない。衝撃で口を切ったらしく、血の味がする。

逃げなきゃ、いけないのに。
どうして俺はいつもこうなんだ。

車から降りてきた男が動けないアスカの腕を後ろ手に縛り上げて拘束し、身体を引きずるように運ぶ。強引な誘拐に抵抗したが、押さえつけられて何もできずじまいだった。



prev next