- ナノ -

龍が如く2

10:旱天慈雨


柏木や堂島大吾といった幹部連中を銃を持った部下に見張らせて、新藤は中央の会長席に腰掛けていた。その膝元でアスカはただされるがままに新藤を受け入れる。

アスカの金の長髪を指先で遊びながら、新藤は首筋に顔を埋めてきた。湿った舌先がうなじをなぞり、アスカは身震いをする。その反応に新藤が嗤う気配がして、肩に回る腕の力が強くなった。

「──っ……は、」

トラウマの発作で意識が混濁する。幻覚と幻聴が酷い。痛いくらいに吸い付かれてキスマークを付けられる。首筋から顔を離した新藤が俺を見下ろして微笑み、口付けを落とす。

当然、触れるだけなんて優しいモノではない。呼吸も奪い取るような、キス。舌先を絡めとられて蹂躙される。新藤の唾液がアスカの口腔に流し込まれていやらしい音を立てた。気の済むまでキスをして新藤が顔を離れていく。銀色が艶かしく糸を引いた。

不快だ。しかし気持ち悪くても吐き出せない。吐き出せばどうなるかアスカは経験上分かっていた。諦めて嚥下したアスカを新藤は満足そうに頭を撫でてきた。

俺は俯いて、心を殺す。もう何も考えたくなかった。もう何も感じたくなかった。

目を閉じて思考を放棄した時、会議室の扉が蹴破られた。割れるようなけたたましい音にアスカは肩を揺らして閉じかけた瞳を開く。

灰色のスーツ、赤いシャツ──"堂島の龍"桐生一馬。

アスカの数少ない親友が険しい顔をして新藤を睨んでいた。そして周囲を見回して、最後にアスカを見据えて歯噛みする。

「かずま……」

いつだってそうだ。いつも桐生はヒーローみたいに現れる。ぽろぽろと涙が溢れだして止まらない。

桐生を見て感情を露にするアスカが気に入らなかったのか、新藤は顔を掴んで強引に自分の方へと向けた。

「テメェ……」

「貴方が留守の間、一仕事させてもらいましたよ」

「……千石に買収されたそうだな」

桐生がゆっくりと歩み寄る。
新藤の裏切りはもう桐生の知るところだったらしい。

「これでもう東城会の現体制は崩壊です」

「貴方の小細工で右往左往するような東城会じゃないわ!」

謀反を明るみに出されても新藤は否定もせず鼻をならす。それに会長代行である堂島弥生が噛み付く。

「いいや……自分には聞こえるんです……東城会が音を立てて変わってゆくのが……。今頃他の幹部は千石組が送り込んだヒットマンの餌食になっていることでしょう」

「何……!?」

動揺する彼らに新藤は薄ら笑いを浮かべた。ここにいない幹部連中はもう命はないだろう。知らない内に簡単に人が殺されていく。

東城会を好き勝手されて、桐生も当然黙ってはいない。憤り、唸った。

「恥ずかしくねぇのか!?てめぇが世話になった東城会を……売り渡すような真似をして……!」

「売り渡しはしませんよ。私が次期会長の座に就いて……全てを手にいれる。アスカさんも、ね」

そう言って新藤は再びアスカの唇を奪った。後頭部を押さえつけられて拒否することも出来ず、その唇を受け入れる。

今自分は桐生からどんな風に見えているのかと考えると怖くなる。涙を溢しながら、ただただ早く離れてほしいと願った。

「痛い目みねぇとわからねぇらしいな……」

桐生の声のトーンが下がった。底冷えするような鋭い殺気が部屋を埋めつくす。勝手に頭に流れ込んでくる強い感情にアスカは呻いた。誰の感情か分かってはいるが、あまりにも鮮烈で自分に向けられているように感じてしまう。手袋があればここまで酷くはならないのだが。

くつくつと笑って新藤はようやっと唇を離した。

「……欲しいものは力で奪う。それだけです」

「そんなことは俺が許さねぇ……!」

新藤が立ち上がり、掴まれているアスカも同じように立つ。自然と桐生と視線が交わった。"必ず助ける"とコエが聞こえてアスカは小さく頷いた。

「受けてたちましょう。アンタの首殺って、俺は東城会の跡目を継ぐ……時代は変わるんですよ」

新藤はアスカを投げ、刀を手に桐生に斬りかかった。鋭利な銀の閃光を桐生は上手く退いてかわす。

いきなり横に放り出された俺は受け身も取れず、床に叩きつけられた。そこまで勢いもなく怪我はないが、今まで拘束されていたせいで足腰に力が入らず踞る。

「アンタ、大丈夫かい?顔色が悪いよ」

遠慮がちに背中に手が添えられて、アスカはびくりとする。アスカの反応に相手は驚いたように僅かに瞠目した。堂島弥生だ。相手が女性でアスカはほんの少し気を緩めた。

「何とか……トラウマがぶり返してあまり調子は良くないですが……」

「新藤のせいだね。巻き込んですまない」

「いえ……元々東城会とは縁がありますから気にしないでください」

申し訳無さそうに謝罪する彼女にアスカは力なく笑った。真島や桐生、柏木、錦山、世良と過去の人もいるがそれなりに顔見知りは多い。トラウマは辛いがその全てを否定するつもりはない。

「──おい待て!」

桐生の声がして顔をあげると、新藤が会議室から飛び出して行くところだった。



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