龍が如く4
11:作戦会議
ーー冴島靖子は死んだ。
葛城との取引から帰ってきた桐生が告げた言葉に驚きを隠せなかった。憔悴しきった冴島の様子からそれが嘘偽りのない事実だと分かる。
取引で何があったのか。セレナのテーブル席に秋山、谷村と共に座り、それらを桐生に順を追って説明してもらう。冴島だけは風に当たってくる、とセレナから出ていった。
建設途中の神室町ヒルズ屋上。桐生は難なくそこへたどり着いた。そして葛城との取引は始まり、まずはファイルと靖子の交換をすることになり、城戸にファイルを渡し、靖子をこちら側へ。そこで城戸はファイルを葛城に渡さず、予想外にも葛城を銃で撃ち抜いた。
新たに現れたのは城戸の兄貴分である新井だった。城戸は当然のように現れた新井へファイルを手渡したが、何故か新井は弟分である城戸を撃ち、工事用エレベーターを動かして、倒れた城戸を1000億と共にフェードアウトさせたという。
新井が立ち去った後、冴島を解放したが、撃たれた筈の葛城は防弾チョッキのお陰で生きていた。背を向けていた冴島を撃とうとして靖子が冴島を庇って撃たれ、最期の力を振り絞り、靖子は自らの手で葛城を撃ち、そしてーー。
すぐに靖子を病院へと運んだが弾の当たった位置が悪く、手の打ちようがなかった、と。
「…………」
事の顛末を聞いて、誰も何も言わなかった。言えなかった。秋山は吸っていたタバコをぐしゃりとガラス製の灰皿へ押し付けて、やりきれない表情を浮かべて立ち上がる。
「俺ちょっと、店に戻るよ……1000億のこともあるし……」
4人の中でも靖子と関わった時間が比較的に長かった秋山は色々思うことがあるのだろう。そのままセレナから出ていった。その背を見送り、アスカは静かに息を吐き出して背凭れに体重をかけて天井を見上げる。
城戸の裏切り。新井の裏切りーー裏切りが多すぎて誰が何を考えてどう動いているかわからない。
「とりあえず一旦小休止ってとこだな」
誰もが心を落ち着かせる時間を必要としていた。アスカの言葉に桐生が同意する。
「そうだな。暫く身体を休めて、次のことはそれから考えよう」
「じゃあ俺、ちょっと外の空気吸ってくるわ」
よっこらせと腰を上げて、アスカはセレナから出た。春先の少し冷え込む外気にぶるりと肩を震わせて、空を見上げる。もう二時間もすれば夜が明けるだろう。ふぅ、と吐き出した息が白い。
眠らない町と言えども、流石にこの時間帯は人が少ない。ギラついたネオンの下で酔い潰れた男やホームレスがふらりふらりと歩いている。あまり遠くに行くつもりもなく、雑居ビルの薄汚れた外壁にもたれ掛かり、タバコに火を点けた。胸一杯に煙を吸い込みながら、ぼんやりと考え込む。
冴島靖子はどんな人物だったのか。真島の記憶の靖子は溌剌としてとても可愛らしい女性だったが。結局会えないまま、守れないまま、死んでしまった。
「約束、守れなかったよ……吾朗……」
ひとりごちる。悲しみを浮かべながら、煙を吐き出した。真島は怒るだろうか、悲しむだろうか。きっと彼はアスカを責めることなく、少しの悲しみを帯びさせながらもいつも通りに笑いかけてくれるのだろう。
この肌寒さの中、一人になるといつも古傷が痛む。そして思い出すのだ。あの日の事を。
(彰……)
黒い革手袋に包まれた自分の手のひらを見つめて、ただただ己の無力さを悔いる。
アスカの周りには死んでいく人が多すぎて、真島や桐生ですらいつかは自分を置いていきそうで怖い。極道社会では仕方のないことなのかもしれないが、友が居なくなるその虚無感を味わうのはもうあれっきりで充分だ。
目を伏せ、タバコの苦味を噛み締めた。
「おーい、アスカくん!」
ふいに頭上から聞こえてきた呼び声にアスカは顔を上げた。セレナの入っている雑居ビルの屋上で秋山がこちらに向かって手を振っている。その背後には桐生と谷村、冴島がいて、此方を見下ろしていた。
もう気持ちの整理はできたらしい。強い意思のある瞳を見て、アスカは暗い気持ちを振り払うように息を吐き出してから、笑みを浮かべて、手を振り返した。
「もう作戦会議するのか?」
「うん!だからアスカくんも上がって来て〜!」
少し声を張り、訊ねると想像していた通りの答えが返ってくる。了解!と返事をして、携帯灰皿にタバコを押し込んだ。
セレナへ戻ると、すでに四人は席についてテーブルを囲んでいた。その脇には伊達が立っている。
「悪い、待ったか?」
「いや、大丈夫だ」
空いていた椅子に腰掛けて、アスカも四人に倣う。全員が揃ったのを確認し、桐生が全員の顔を見回した。
「ウチの店の1000億を使いましょう」
秋山の唐突な提案に伊達が訊ねる。折角取り戻したというのに、簡単に手放す提案をする秋山の金銭感覚がある意味で羨ましい。
「あの金を?一体どうするんだ」
「今からミレニアムタワーの屋上に運びます。それだけです」
いまいちピンとこない提案に谷村がえ?と聞き返した。かなりざっくりとした提案のような気がするが大丈夫だろうか。やや不安を感じながらも、秋山の説明を聞く。
「それで敵を一斉に呼ぶんです」
「敵を呼ぶって言っても誰を呼ぶんだ?」
提案をしている秋山は質問にひとつひとつ丁寧に答えていく。
「手当たり次第ってヤツだよ。いいですか?今回の事件、警察の宗像に、新井さん、城戸ちゃん、それに東城会と……色んな人間が欲深く関わりすぎていて、何が諸悪の根源なのかイマイチ見えてこない」
だからその全員に声をかけるんです。と秋山は説明した。要するに誘き寄せて、そこを叩くということらしい。
「今言った全員に"ミレニアムタワーに1000億あるよ。俺らの取引に応じたいのなら来てもいいよ"って言っておくんです。そして鉢合わせにさせる」
「なるほど。そうすれば金を奪い合う展開になると」
「そう。まあ金欲しさに来るって事も考えられるけど、そんなことは関係ない。どいつが一番のワルなのか分かれば、それでいい。後は殴りたいやつを殴れば、それで終わりだ」
提案を最後まで聞いて、アスカは少しばかり困惑する。向かいに座っていた桐生は分かりやすい、と言っていたがそれでいいのだろうか。もうちょっと他の手段もありそうな物だが、俯いて考え込んでいる冴島は置いておいて、全員の顔を見るとこの案で賛成のようだ。
「時間は?何時にしますか?」
「そうですね。あの場所まであの量のお金運ぶのも時間がかかるんで。準備が出来たらここに集合ってことで」
全員がそれに同意していき、秋山がこちらを見る。1000億の持ち主である秋山がそれでいいのであれば、アスカから言うことは何もない。あぁ、と頷いて、了承した。
「よし、じゃあそれまでは、各自、自由時間ってことで」
すっと秋山が手を前に出した。暫し全員がその手を見つめ、固まる。所謂円陣という奴だ。
「こういうのやめません?ちょっと古臭いし」
真っ先に我に返った谷村がやや呆れ気味に言う。確かに円陣なんて小、中学生くらいにやったのが最後で、大人になってからはやっている人すら見たことがない。
「いいじゃん。俺こういうの好きだぜ。青春じゃん、せーしゅん!」
「青春って……子供じゃないんですから……」
からから笑いながら、アスカは秋山の上に手を乗せる。文句ありげながらも谷村もナツキに続いた。
「さ、手、出して」
秋山に促され、桐生が口元を緩めながら手を重ねた。
「冴島さん?」
4人が手を重ねて、残るひとり、冴島はまだ色々と考え込んでいる様子だった。視線を少しだけ左にずらし、黙りこむ。
「軽い感じで話しちゃいましたけど……一歩間違えば普通に死ぬかも知れない賭けだ。覚悟はできていますね?」
最終確認を秋山がする。死に近い戦いに身を投じるのにももう慣れた。喧嘩はそこまで強くはないが、少しでも4人の役に立てればいい。
その言葉で背中を押されたのか、冴島がゆっくりと手を重ねた。5人の手が重なって、互いの顔を見合わせて小さく笑いあう。
「じゃあ」
秋山の声を合図に手に力を入れた。
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