- ナノ -

龍が如く2

08:悪逆無道


※性的表現有


目を覚ました。全身が気だるく、腰が重い。何があったかなんて思い出したくもなかった。思い出したくないのに声が頭の中で繰り返されて、全身を撫で回された感触さえもありありと思い出す。

気持ち悪い、キモチワルイ、きもちわるい。べとついた身体を掻き抱いて、アスカはただただ涙を溢した。

「っ……うぅ……」

口端から漏れる白濁を湿ったシーツで拭い取り、アスカはノロノロと身体を起こす。眠る前と変わらぬ部屋だ。新藤はいないらしい。その事実にほんの少しだけ安堵しつつ、ベッドから這い出した。

ぽたた、ぽた──

立ち上がった拍子に股間から精液が溢れ落ちた。その量は多く、太腿を伝って足首までどろりと落ちる。

「──うっ……」

自分の中から溢れ落ちるそれに堪えきれず、吐き気を催して口元を押さえた。

どうしてまたこんな事になってしまったのか。答えのない疑問を抱いたままアスカは身体を引き摺るようにして洗面所に向かった。こんな状態じゃ逃げることさえもままならない。
蛇口を捻り、水で手を濡らすとその冷たさで幾らか思考はクリアになった。鏡に写る自分は酷い表情をしていたが、錦山に囚われていた時ほどではない。ちゃんと正常な思考が出来ている。トラウマの発作が出なければ、だが。

視線を落とす。首筋から鎖骨に掛けては赤い鬱血痕が散らばり、所々にある噛み痕から血が滲んでいた。嫌な傷だ。大切にすると言いつつ、やっていることは錦山と変わらない。親友だった錦山とは違って、何の交友関係もない新藤に同情や憐愍なんて浮かばない。

顔を洗い、口を濯ぐ。気持ち悪さを完全に拭えた訳ではないが、幾らかはマシにはなった。本当ならば身体も洗いたい所だが、モタモタしていたら新藤が脱出の途中で戻ってきかねない。
ユニットバスの横に掛けられたバスタオルで全身を雑に拭ってアスカは部屋に戻った。まだ新藤が戻ってくる気配はない。ああ見えて新藤も組長なのだ。それなりに忙しい身なのだろう。

「……臭いけど仕方ない」

脱ぎ散らかされたアスカの衣服は嫌な臭いが染み付いていて、身に纏うには少々躊躇した。パンツを履いて、ボタンを留めずにシャツとジャケットを羽織る。そして、急ぎ足で部屋の出入口へと向かった。

ノブを握り、扉を開けようとしたが開かない。部屋の内装から勝手にホテルだと思い込んでいたが、どうやら違ったらしい。外側から鍵を掛けられる監禁用の部屋だ。

「くそっ……」

悪態を付き、部屋に戻って窓を確認した。やはりと言うべきか開閉不可能なはめ殺し窓だ。窓ガラスもちょっとやそっとで割れない強化ガラスときた。どん、と苛立ち紛れに窓を殴り付けたが傷ひとつつかなかった。

崩れ落ちるように座り込む。八方塞がりだ。このまま最悪の未来を待つ以外に道がない。しかし、あの悪夢のような日々をまた繰り返すなんて嫌だ。あれは錦山だったから耐えれたのであって、新藤となんて耐えられない。

自分を鼓舞し、再び出入口に向かった。勢いを付けて全身でタックルするが、破壊なんてとてもできそうにない。こんな鉄の板を弾き飛ばすなんて真島や桐生レベルでなきゃ無理だ。それでも諦めきれずに何度か体当たりを繰り返す。

「──っ!?」

不意に扉が開けられた。向こう側に扉が引かれて狙いがなくなり、身体が勢いを殺せないまま突っ込んだ。

「随分と積極的ですね。昨日のがそんなに良かったんですか?」

誰かに身体を抱き止められる。言わずもがなその誰かは新藤だ。声を聞いただけでびくりと心臓が畏縮する。反射的に離れようとしたが、新藤の腕がそれを阻止した。

「そ、んな訳……ないだろ……!」

頭の中を埋め尽くす"恐怖"という文字を振り払うように叫ぶ。気を抜けば一瞬で崩れ落ちてしまいそうな自我を何とか奮い起たせてアスカは新藤を睨み付ける。

「あんなにも弱々しかったのに兄貴から離れて一年で元気になりましたねぇ……」

「…………」

「その方が折りがいがある」

「っ!」

顔を近づけてきて、にやりと嗤う。その笑みに全身に恐怖が巡り、ぞわりと皮膚が粟立った。ガタガタと震えだすアスカを新藤は部屋の中へと引きずり込むと、ベッドに投げ飛ばす。そして上にのし掛かって抵抗を封じてきた。

昨日とまるで変わらない。過呼吸のように浅い呼吸をするアスカを新藤は嘲笑う。

「そうやって怯えてればいいんですよ。そうすれば可愛がってあげますから……永遠にね」

「ふざけ、んな……!」

「強情ですねぇ……それだけ元気なら楽しめそうだ」

そう言いながら新藤は徐にスーツの内ポケットから何かを取り出した。小さなペン型の注射器。得体のしれない薬液が注射器の中に詰まっている。
それを見た瞬間、記憶がフラッシュバックして全身が硬直した。錦山はアスカとの性交で媚薬を使ってきた。錠剤を始め様々な物があったが、極端に効果が強かったのは注射器で注入する媚薬だ。快楽以外何も分からなくなるほどで、ヤった後はいつも身体がぐちゃぐちゃになっていた。

その強烈な記憶を覚えていたアスカは注射を全力で拒否する。が、腕を押さえられて抵抗もままならぬまま、首筋に針が突き立てられた。

「──っ」

ぷつりと微かな痛みが走り、冷たい液体が針を通って体内に注入されていく感覚がする。全身の力が徐々に抜けていき、液体が全て入れられた頃には指先ひとつさえ動かせなくなっていた。

「さ、アスカさん。一緒に気持ちよくなりましょう」

動けないアスカの額にキスを落として、新藤は笑った。



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