- ナノ -

龍が如く2

04:虚々実々


ほぐし快館を後にした俺達はアユミから連絡を貰って、グランドに向かっていた。探していた川村がグランドで近江連合の幹部を撃ち殺したらしい。
下っ端とはいえ東城会の人間が近江連合の人間を撃ったとなるとかなり不味い。ただでさえ東城会と近江連合は一触即発の状態なのに、こんな事があったら戦争が起こっても可笑しくない。

既にグランドには野次馬が集まっており、騒がしい。人垣を掻き分けてグランドに侵入した。

店内はうって変わって静かだ。だが、硝煙と血の臭いが漂っていて落ち着かない。VIP席は上階だ。恐らくそこに川村がいるのだろう。階段に一段、足を掛けた状態で真島が肩越しに振り返った。

「アスカちゃんは待っとった方がええんとちゃうか?」

「いや……行くよ。平気だ」

「そうか。なら行くで」

俺の不安に目敏く気付き、気にしてくれる。そんな真島の心遣いには感謝してもしきれない。小波のように揺らぐ心を落ち着けて、俺は真島について二階に上がった。

真っ赤なカーペットが敷き詰められた中央で拳銃を手にした男が一人──川村だ。その向こうには額から血を流した男が仰向けに倒れていた。

「親父……すみません……でも仕方ないんです……殺さないと、殺されちまいますから……」

声を震わせて川村は言う。その言葉は後ろに誰かがいることを匂わせていて、俺は目を細めた。

「何言うとるんや?……植松殺ったんもお前なんか?」

「……はい。でも、あとひとつ……あと一つなんです……それが終われば、俺は自由にしてもらえる……」

「お前……それで本当に自由にしてもらえるって思ってんのか?」

「親父を殺せば、自由に……俺は生き返れるんです……本当にすんません……親父、死んでください!!」

破裂音が鳴り、反射的に顔を背けたが銃弾は真島からズレて壁を抉っただけだった。勝手な事を言う川村をギロと真島は睨み付け、静かにドスを抜く。

「……あ、あぁ……親父……」

ただ歩いて近付いて行ってるだけなのにその圧は恐ろしい。震えた川村が引き金を引く。しかし、外れた。

──タァン。

二発目も同じだ。

──タァン、タン。

何度撃っても結果は変わらない。揺らいだ照準は真島を傷付けることなく終わる。手を伸ばせば届く距離まで接近されて、川村はへなへなと崩れ落ち膝をついた。

銃を下ろし、泣き出しそうな表情で真島を見上げる。

「もう少し早く親父に会えてたら……人生変わってただろうな……」

「川村……お前、何でこないなことを……」

「親父……本当にすみませ──」

言い切るよりも前に銃声が聞こえて、川村の額を撃ち抜いた。突然の事に心臓が跳ね、息が詰まる。急所を射ぬかれている。川村の生存は確認しなくとも絶望的だ。

「よく頑張ったな、川村……これでお前の借金……チャラにしてやるよ」

悪魔のような囁き。東城会直系幹部である飯渕圭が軽薄な笑みを浮かべていた。端からこの男は使うだけ使って殺すつもりだったのだろう。気に入らない。

「馬鹿とハサミは使いよう……なんて言葉がありますが、本当にその通りだ……借金を肩代わりするだけで何でもしてくれるんですからねぇ」

川村の後ろで糸を引いていたのは誰か、もう明白だ。銃を手にちらつかせながら、飯渕はその野望を語る。

極道社会の全国統一。
そのためにまず東城会を手にいれ、そして近江と合併。古い極道社会を潰し、新たな極道社会を築く。この一件も近江との戦争を起こさせるために仕組んだらしい。

くだらぬご高説を垂れる飯渕を鋭い目付きで射抜き、真島は噛みついた。

「お前の理想なんぞどうでもええ。ワシはただ……目の前におる気に食わん奴を殴るだけじゃ」

「勢いだけですべてを変えられるわけありませんよ……そんな古臭い馬鹿な極道はさっさと消えろって言ってんだよ、真島ぁあ!!!」

声を荒らげて飯渕は無遠慮に攻撃を繰り出してくる。怒声で動けなくなった俺に気づいた真島が即座に背に庇い、そして隅に突き飛ばす。やり方は乱暴だったが助かった。軋んだ身体が何とか動く。

着いてきておきながら結果、足手まといにしかなっていない自分には嫌気しかない。昔なら真島と共闘することも出来たのに。

分厚いソファの影に隠れて、アスカは歯噛みする。頭では戦おう、戦えると思っていても、いざ敵を前にするとどうしようもなく身体が竦んでしまうのだ。それだけ心の傷は根強いのだろうが、こうして誰かが戦っているのを見ているだけなのは歯痒くて仕方がない。

銃声が何度も響いていたが、戦闘は続いている。どちらもしぶとく食らいついているようだ。あの飯渕とやらはインテリっぽい外見をしていたが、思っているより動けるらしい。とはいえ、"嶋野の狂犬"の肩書きも伊達ではない。

じわじわと飯渕は体力を磨り減らされ、着実に追い詰められている。蹴り飛ばされた飯渕がソファにぶつかった。

「っ!」

俺が隠れている固定されたソファが壊れることはなかったが、ソファ越しに飯渕と視線が交わる。まずい──奴の思惑を察して逃げようとしたが遅かった。

「動くな!真島ぁ!コイツがどうなってもいいのかぁ?」

銃口を突き付けられて俺は身体を硬くする。その向こうで真島が苦い顔をして動きを止めていた。

「……吾朗、俺のことは気にすんな!こいつを殺れ!」

本当は気を失ってしまいそうな程恐ろしかったが必死で叫んだ。こんな俺が真島の足枷になるなんてあってはいけない。真島はこれからも東城会に、桐生に必要な人間だ。俺よりも、ずっと。

「くく、く……無様だな真島!こんな男のせいで負けるなんてな!?ドスを捨ててそこに膝をつけ!」

「ダメだ……吾朗……!!」

黙れ、というように米神に銃口を押し付けられて息を飲む。堪えていたがだんだんと思考が定まらなくなってきた。怖くて、恐くて、呼吸さえもきちんと出来ているかもわからなくて。

──アスカちゃん。

乱れた心に声が、落ちてくる。不思議と恐怖が消えた。

「ワシのコエをよう聞けや、出来るやろ?……それが答えや」

「あ……」

「何を言っている?」

理解できていない飯渕を他所に俺は意識を集中させた。離れてはいるけれど、剥き出しの"コエ"を聞くことくらいは容易い。

聞こえたコエに俺は泣き出しそうになりながら小さく頷いた。やや無茶振りを要求されたが、真島のためにやるしかない。目線を合わせて、俺は唾を飲む。

「おい真島……早くドスを捨てろって言ってんだろ!」

「そんだけ言うなら……捨てたるわ!!」

「──なっ!?」

捨てる、と言いながら真島は思い切りドスを投げ飛ばした。予想もつかぬ真島の攻撃に飯渕は動揺し、突きつけた銃口が僅かにズレる。その瞬間を狙ってアスカは思い切り飯渕の銃を叩き飛ばした。狙い通り飯渕の手から離れた銃は床を滑っていく。

思わぬ反撃を食らった飯渕は舌打ちをして、俺に殴りかかる。

「っ……!」

咄嗟に腕で頭を庇ったが、アスカに攻撃が届くよりも前に真島が動いていた。飯渕の腕を掴み、アスカから引き離すように後ろへ投げ飛ばす。

「アスカちゃん」

「了解、吾朗」

一瞬だけ視線を交えて、みなまで言わずとも伝わった。すぐに俺はそばに突き刺さっていたドスを引き抜いて、真島に投げ渡す。振り返らずに後ろ手にドスをキャッチして、流れるように片手で捕らえた飯渕の首筋に突きつけた。

「人んとこの組員ハジいといてタダで済むと思っとったんなら、馬鹿はお前の方やで?ブタ箱で臭い飯でも食ってイチから勉強しなおしてこいや」

アスカがいるからか、それともその方がプライドの高い飯渕にとってはダメージになると考えたのか、真島は飯渕を殺さなかった。突き放してそのまま立ち去ろうとする真島の背に飯渕は再び銃を突きつける。

「残念だったな、真島ぁ……全てはもう動き始めているんだよ」

肩で息をしながら飯渕は語りだした。

「西と東の大戦争が起こり、東城会は消える。これから面白いことになる。最高のエンタテインメントだ」

一足先に行って、特等席を確保しておかねぇとな──そう言いながら、飯渕は自らの米神に銃を押し当てて口端を上げる。俺は何も言わずに目を背けた。


一発の銃声。

そして崩れ落ちる、音。



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