龍が如く2
02:十年一昔
大阪・蒼天堀。
ここにくるのは十八年ぶりだ。流石に十八年も経つと街並みはすっかり変わっていた。外を歩くのも久しぶりで道行く人すら怖かったが、流石に数時間もすれば大分慣れ、街中を歩く分には問題なくなった。真島の荒療治も案外悪くないのかもしれない。
辺りをきょろきょろと見回しながら、真島の後を追いかける。
「それで、どこに行くんだ?」
「そうやなぁ……とりあえずグランド行こか」
真島が蒼天堀に来たのはただの観光──ではなく、どうやら川村涼太という真島組の組員だった男を探すためだった。どうも川村は東城会直系植松組の組長を撃ち殺してこの蒼天堀に逃げたらしい。一応写真を見せて貰ったが、冴えない顔をした若い男だった。
「グランドってまだあるのか?」
「さぁどうやろな……もうあれから18年経っとるから潰れてもうてるかもしれんのぅ……」
蒼天堀通りを歩き、キャバレーグランドがあるだろう場所に向かう。その途中色とりどりの飲食店に心引かれた。トラウマが良くなったらまた蒼天堀に来て食べ歩きでもしたい所だ。
「どうやら健在みたいだな」
流石に外観は今風の焦げ茶色で落ち着いたデザインに変わっていたが、グランドはまだ存在していた。ちらりと真島を見ると感慨深そうにグランドを見上げている。佐川の命令だったとはいえ、少しの間支配人をしていたのだし色々と思う所はあるだろう。
入り口のドアを押し開けて、中へ入る。豪華な内装は昔とさほど変わっていなかった。懐かしさに目を細める。
「いらっしゃいませ」
来店に気づいたボーイが歩みより、頭を下げた。初めてでしょうか?と訊ねられてアスカと真島は顔を見合わせる。初回は十八年前だが、それはカウントしていいものかと悩む。
「まぁ……ワシも客としては初めてやな……。この店で一番、若い男に人気がある子を頼むわ」
「は……はぁ……」
真島の"若い男に人気のキャスト"という謎の要求にボーイはやや困惑した様子だったが了承し、二人を席へと案内してくれた。
ふかふかのソファに腰かける。真島は少し間を開けて座ってくれた。その気遣いが嬉しくてアスカは笑う。
昔馴染みという事もあって、真島への恐怖心は幾らか薄れパーソナルスペースに踏み込まれても辛くはならなくなってきている。いい傾向だ。この調子ならすぐに恐怖症を克服できるかもしれない。
「お待たせしましたぁ、アユミです」
「ナナミです。今日はお願いしまーす」
綺麗なドレスで着飾った女の子が二人、アスカたちのテーブルに来た。ふわりと甘い香りが漂い、自然と頬が緩む。対人恐怖症は原因が原因だからか、女性に対しては酷くない。
「お兄さん、めっちゃイケメンやね!」
「はは、ありがと」
隣に座って開口一番にそう言われて、アスカは笑う。お世辞だとしても褒められるのは嬉しい。その横で真島は高い酒を注文していた。
「ナナミちゃんも可愛いよ。言われ慣れてるかもしれないけど……」
「お兄さんみたいなカッコいい人に言われたら嬉しい〜」
「なら良かった」
そのままキャバクラとして楽しむのも悪くはないが、ここに来た理由は川村の居場所を探るためだ。ちらりと目配せすると真島がジャケットから写真を取り出した。
「ちょっと聞きたいことがあるんやけど……こいつ、見たことないか?」
二人が写真を確認して、ナナミは首を振り、アユミは「あ」と声を上げる。
「ウチの中学の同級生の川村やろ?」
「ほんまか!?川村のことを探しとるんや。何か知っとることないか?何でもええ、教えてくれや」
「うーん……なんか借金とりに追われとるって噂があった。あいつ、ギャンブルが原因ですんごい借金背負ってたみたい」
アユミの話によれば、闇金に手を出して利子が膨れ上がり、そのスジの人間に追われていたとか。暴利で酷い目にあうのはこの界隈に身を置いていればよく聞く話だ。
「借金ねぇ……」
顎に手を当てて、考え込む。その借金を盾に取られて誰かに良いように使われている、なんてことも無くはない。
一通り話を聞いた真島は連絡先をアユミに渡していた。
◇
時間はまだ余っていたが切り上げて、グランドを出た。それと同時にアスカ達にスーツの男が五人、近付いてくる。バッジは外しているが、雰囲気からしてヤクザだ。
拳を鳴らす男たちにアスカは冷や汗を流す。
「吾朗……」
「ワシがやる。アスカちゃんは下がっとき」
言葉に甘えてアスカは素直にグランドの入口の柱の影に身を隠した。情けないが今は拳を振るうことも出来ない。目を硬く閉じて戦闘が終わるのを震えながら待つ。
鋭い剣戟の音と殴打の鈍い音が数度響き、人の悲鳴も聞こえた。そう長い時間ではないのに、俺には酷く長く感じてしまう。これも心的外傷のせいなんだろう。
「──アスカちゃん。終わったで、行こか」
「あ、あぁ……」
アスカの様子には何も言うことなく、真島は背を向けて蒼天堀を歩きだす。その気遣いが今のアスカには逆にありがたい。一歩遅れながらもその背を追いかけた。
「……他に当てはあるのか?」
「オデッセイの山形はんやったら何か知っとるかもしれん」
「あの人か……ってもあれから十八年だろ?グランドはあったけど……どうなんだろうな」
近江連合から隠れるために店の倉庫を貸してくれたあの支配人は今でもよく覚えている。アスカ自身はそこまで関係性はないが話のわかるいい人だった。
オデッセイがあるのは招福町の南だ。
早速向かったが雑居ビルの一階、オデッセイがあったはずの場所には"Andromeda"と別の店の名前が記されていた。あの頃売上競争をしていたオデッセイも時の流れには負けてしまったらしい。
「オデッセイは潰れてしもたか……」
「時代の移り変わりってのは残酷だな」
あの頃の思い出と違う場所を見るとそれはそれで悲しい気持ちになる。ため息をついて「どうする?」と問いかけた時だ。
「──酷い店やったな……後一年もしたら潰れるで、ここ……」
そんなぼやきと共に誰かが雑居ビルの階段を降りてきた。その顔は今まさに話していたオデッセイの支配人で、アスカと真島は思わず目を丸くする。
「あんた……オデッセイの支配人の山形はんか?」
声をかけるとあちらもすぐ思い当たったようで、笑いながら歩み寄ってきた。
「急におらんくなったから、誰かに消されたんかと思っとりましたわ。こないなとこで何してはるんです?」
「いや……実は人を探しとってな……こいつなんやが……」
山形に写真を見せると思いの外反応が良かった。知ってる素振りを見せた山形に訊ねると数年前に麻雀の卓を囲った事がある、と。まさか山形からそんな情報が聞けるとは思いもしなかった。更に聞けば、今は潰れたその雀荘はほぐし快館の上にあったらしい。
懐かしい名前が出て来て驚いた。何でもほぐし快館はあの爆発事件の後リニューアルして再開していたとか。あれ以来大阪には無縁だったから何も知らなかったが、一体誰が店を開いているんだろうか。とそこまで考えて、脳裏を過った顔は──。
「こいつ勝った日は利用していたみたいですから、そこの店員なら何か知っとるかもしれませんなぁ」
「そうか……山形はん、おおきに……助かったわ」
「なぁに、このくらい……昨日の敵は今日の友ってやつですわ」
ほな、お元気で──と去っていく山形の背を見送って、アスカと真島は招福町の南の通りに向かった。
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