隣のクラスの錦山くん
Happy End
──結婚しよう。
そんなセリフと共に、目の前に差し出されたジュエリーケース。高級そうなシアンブルーのベルベットに小粒のダイアモンドをあしらったシンプルな指輪が納まっている。キラキラと輝くそれをぼけっとしながら見つめた。
「おい、返事は」
「に、ににににしきやまくん!?」
「何で驚いてんだよ!?今完全にそういうんじゃねぇだろ!?」
プロポーズのいい雰囲気も私のびびり散らした大きな声で台無しである。ロマンチックなんて私には程遠いものでしかなかった。はぁーとため息混じりに錦山くんは立ち上がり、スーツの裾を軽く手で払った。白いスーツなんて汚れが目立つのに、わざわざ私のために地面に膝をついてくれていたのだ。
「な、なんていうか……ごめんね……」
ボソボソと俯きながら謝罪をすると、そこそこの力で額を小突かれた。年々私に対する扱いがひどくなっている気がするのは気のせいだろうか──
「謝んなよ、バーカ」
気のせいではなさそうだ。鈍く痛む額を押さえて、ジト目で錦山くんを見ると可笑しそうに笑っていた。その笑顔を見るだけで額を小突いた事さえチャラにしてしまうのだから、我ながら安い女だと思う。
中学を卒業して数年後、会いたいと言われて、極道だと告げられた時は死ぬほど驚いた。世間に大きな声で言えるような職業では無いことを申し訳なさそうに何度も頭を下げられたのを今でも覚えている。
『職業が極道だからって嫌いになったりしないし、何なら極道だからこそ今の錦山くんがいるんだ』
そう言った時の錦山くんの顔は──私だけの思い出だ。
それから紆余曲折あって、つい先日ようやっと錦山くんの長年の夢が叶ったのだ。関東最大の極道団体、東城会のトップ。それが、どれ程すごいことなのかはいまいちピンとこないけれど。
「──けど、 錦山くんは本当に私でいいの?」
こんな顔面偏差値レベル中、トークレベル中、の平凡女は錦山くんに釣り合わないんじゃないかと改めて思う。
「お前がいいからプロポーズしてんだろ……ほら、左手」
少し乱暴に左手首を掴まれて、その指先に指輪を填められる。私の指に合わせて拵えたそれは、ぴったりと薬指に収まって、一際美しく輝いた。
「あ、そういえば、お母さんになんて言おう。極道とか言えないしなぁ……」
「……お前もうちょっと他に言うことあんだろ……お前らしいけどよ……」
そう言って、私の隣で錦山くんは笑った。
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