隣のクラスの錦山くん
誕生日
──明日、錦山の誕生日らしいよ!
と、友人から聞いたのが昨日の放課後だ。そんな話をいきなりされても何の準備も、お金もなくて。貯金箱に入っていたなけなしのお金をかき集めてケーキ屋に走ったのが今日の放課後の話で。
ホールを買えるようなお金なんて中学生の私にはなくて、たったの一切れだけ。友達の誕生日ケーキなのだと言うと優しい店員さんが一切れのショートケーキにチョコプレートを付けてくれた。名字にするのは変かななんて思って、チョコプレートには"アキラくんお誕生日おめでとう"と書かれている。彰くん、なんて一度も呼んだことないのに、何だか皮肉だ。
小さな白い箱を片手に、養護施設ひまわりの前で私は立ち尽くしていた。会う約束をしているわけでもなく、今錦山くんがひまわりにいるのかもわからない。
「あれ?お前、どうしたんだよ」
どうしようともだもだしていると背後から声が掛かる。
「に、にに錦山くん!」
平べったい鞄を肩に引っかけながら、錦山くんが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。反射的にケーキの箱を後ろ手に隠して、私はおどおどと視線をあちこちにさ迷わせる。
「わざわざここに来るってことは俺に何か用でもあるんだろ?」
「う、うん……!」
何度もこくこくと頷く。
察しが良くて本当に助かる。
「え、と……」
うまく言い出せなくて言葉に詰まる。なんて切り出すべきだろう?頭の中でぐるぐる考えて、考えすぎて、沈黙してしまう。私の悪い癖だ。
「……ここにいるのもなんだし、公園でも行こうぜ」
「そ、そうだね!行こう!」
近所の公園に向かって歩きだした錦山くんの背中を追いかけた。
夕暮れ時の公園は静かだった。オレンジ色の夕日が穏やかに辺りを照らしている。二人分の影が公園に伸びていた。くっつきそうでくっつかない、もどかしい距離感を保ちながら、砂場やジャングルジムを横目に歩く。
「で、結局俺に何の用だったんだ?」
ベンチに平べったい鞄を投げて、錦山くんが振り返った。いい加減言わなければ話が進まない。胸元を押さえながら深呼吸を一度。
「きょ、今日、錦山くん、誕生日なんだよね?」
「おー、そうだぜ」
「お、お誕生日おめでとう!これ、あげるね!」
ずっと隠していた白い箱を錦山くんに差し出す。渡してから考えるのも何だが、もっとちゃんとした物をプレゼントするべきだったんじゃないかと不安になった。
錦山くんは箱の中を覗きこんで、お、と声をあげた。
「チョコプレート付きのケーキなんて久しぶりだぜ」
私の不安は杞憂で終わったようだ。嬉しそうに笑みを浮かべる錦山くんにじわりと心が温もる。
いそいそとベンチに座ると錦山くんは付いていたプラスチックのフォークを手に取った。私も少し間を開けて、その横に腰かけた。
顔をほころばせてケーキを頬張る錦山くんを見ているとこちらも嬉しくて笑みが漏れた。今日が誕生日だと教えてくれた友人には感謝せざるをえない。
「美味しい?」
「めちゃくちゃ旨い。お前も一口食えよ」
「え"!?い、いいよ、だって錦山くんの誕生日ケーキだもん」
一口分のケーキがのせられたフォークを差し出されて私は顔の前で両手を振り、遠慮する。
そもそもそのフォークで食べたら
……間接、キス、だ。
それを想像しただけで恥ずかしさで顔に熱が集まった。錦山くんはそんなことつゆほども気にしていないみたいで、挙動不審になる私に不思議そうにしている。
「いーから食えよ、ほら」
「う、う──」
強引に突っ込まれて、生クリームのほんのりとした甘さが口の中に広がった。スポンジもふわふわしていて、イチゴの甘酸っぱくて──
「美味しい……」
「だろ?」
間接キスってことも忘れて、ケーキの甘さを堪能した。この時に勝るケーキを私は後にも先にも食べた事はない。
──ありがとよ、アスカ。
控えめに言われた礼に私は笑顔を返す。
離れていた二つの影はいつの間にか、くっついていた。
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