龍が如く1
42:愛してる。
「彰っ……!」
桐生の最後の一撃で床に倒れた錦山に真っ先に駆け寄った。あちこちを鬱血させ、口元から血を流す痛々しい錦山の姿に泣きたくなる。くしゃりと顔を歪めるアスカを桐生が物言いたげにしていたが、何も言わずにペンダントを持って遥と由美の元へと向かっていった。
「……結局俺は……あいつには何一つ勝てねぇな……」
喧嘩も、地位も、人望も、愛ですら、どれだけ努力しても錦山は桐生を越えられないのだという現実をまざまざと見せつけてきた。ぽつりと溢された言葉にアスカは静かに首を横に振る。それからそっと錦山の頬に手を伸ばして、小さく笑った。
「……一つだけ勝ってるよ」
「何だ?」
不思議そうな顔をして聞き返してきた錦山の顔を覗き込むようにアスカは自分の顔を近づけた。鼻が触れあいそうなくらいの距離。少し前までは近づくのが怖くて堪らなかったのに、どうしてか今は怖くない。
「俺の心は彰の物だ」
錦山が返事や反応をする前にキスをした。流石に自分から舌を入れるような勇気は無かったから触れるだけのキスだったけど、気持ちを伝えるには十分な効果はあったようだ。
目を見開き、それから表情を崩してなにかを堪えるように眉間にシワを寄せる。そんな錦山だから、俺は……。
タァンーー
銃声にハッとする。振り返ると由美が倒れ、桐生が神宮に銃を突きつけられていた。高笑いする神宮はどうやらこちらには気付いていないらしい。今この状況を打開できるのはアスカだけだ。
震える四肢に力を込めて立ち上がる。何か使えるものはないかと視線をさ迷わせると近くに大振りのナイフが落ちているのに気づいた。迷ってる暇はない。ナイフを拾い上げる。
「……、」
見た目よりもずっと重いそれに怖じ気づいたが、唾を飲み込み握りしめる。深呼吸をして、一歩を踏み出そうとしたアスカのナイフを握る手に一回り大きな手が重ねられた。
「彰……?」
「お前が手を汚す必要なんざねぇ」
強引にナイフをもぎ取られて、肩を押されて後ろへ追いやられる。桐生との戦いで錦山もボロボロなのに、ナイフを手に神宮へ向かって駆け出した。
「錦!?」
どす、と鈍い音が響く。
振り返った神宮の腹にナイフを突き刺し、そのまま金庫の中の100億にぶつかるまで錦山は止まらなかった。大量の札束に夥しいほどの血が流れ落ちる。腹から血を流し動かなくなった神宮を一瞥して、錦山は神宮の手から溢れ落ちた銃を拾い上げた。
そして、
銃を
爆弾へと向けた。
何をするつもりなのか、それを撃てばどうなるのか、なんて考えなくたって分かる。
「最後のケジメくらい……俺につけさせろや」
「やめろ!やめるんだ、錦!」
桐生が叫ぶ声が遠い。必死に名を叫ぶ桐生を鼻で笑って、錦山はアスカを見つめた。その眼の優しさに息が呑んだ。次の言葉を聞きたくないと思ったけれど、時は無常にも進んでいく。
「アスカ……今まで悪かったな」
「……ダメだ!!彰!まだやり直せるから……!」
謝罪を聞いて、涙が零れた。久しぶりに出した大声で喉が切れたように痛んだが、それでも必死に叫んだ。
こんな結末は望んじゃいない。ただ俺はまた4人で笑い合いたかっただけだ。それだけで良かった。
「お前はもう自由だ……」
アスカを見て錦山は薄く笑みを浮かべる。その顔がどこか泣きそうに見えて、胸が苦しくなった。引き金に掛けられた指に力が入ったのが分かって、縺れそうになる脚を動かそうとしたが錦山はそれを許さなかった。
「来るなっ!!!」
「ーーっ!」
怒声に反射的に身体が固まる。
今まで監禁されていたせいだろう。その声に身体が震え、動かせない。駆け寄りたいのに怖い。息も上手く出来なくて苦しい。
「それでいい。……アスカ、俺もお前のことーー」
鼓膜を打った言葉に目を見開く。駄目だ。錦山の死と引き換えに手に入れる自由なんて要らない。そう言いたかったのに声も出せない自分が情けなくなった。
一発の銃声。それから轟く爆発音。伸ばした手は爆風に弾かれ、身体は紙のように吹き飛んだ。
そして、暗転。
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