- ナノ -

隣のクラスの錦山くん

夏祭り。2




──あ、私、用事思い出したから帰る!

歩いて数分。唐突に別れを告げられて、私と錦山くんは二人っきりにされた。去り際のウインクから察するに用事とやらは嘘で、彼女なりに気を利かせてくれたのだろうが、全くもって要らない気遣いだ。私がもう少し社交的で話せるタイプならまだしも。

私も何か理由をつけて帰るべきかもしれない。

「ど、どうしよっか……?」

私なりに勇気を出して声をかける。

「花火の時間まで屋台回ってようぜ」

「えっ!ホントに!?」

「何だよ。帰るつもりだったのか?」

本当にそう考えていたとは言えず、私は曖昧に笑って誤魔化した。行こうぜと促されて、錦山くんと屋台の並ぶ道路を歩きだす。両脇から威勢のいいおじさんの売り文句が聞こえてくる。
男女二人きりで祭なんて、まるで──

「……デート、みたいだね」

自分で言っておいて、恥ずかしくなった。一体何を言っているんだ。錦山くんとデートだなんて、身の程知らずにも程があるだろう。これはただ──そう、たまたま出会って二人で歩いているだけだ。決してデートではない。

「デートだろ」

あっけらかんと肯定されて、思考が停止する。錦山くん自身は何も気にした様子はなく、並んだ屋台に視線をなぞらせていた。

──デート。誰と誰が?錦山くんと私が、デート?本当に?

意識すればするほどに心臓が早鐘を打った。落ち着こうと深呼吸をしたが、あまり意味はなかった。

「何、ぼーっとしてんだよ。ほらこっちこいよ」

「わっ……!?」

ごちゃごちゃ考えていると錦山くんが顔を覗きこんできた。意識外から突然視界に割り込んできた端正な顔に私は声を上げて飛び退った。収まりかけていた心臓の鼓動が再び騒がしさを取り戻す。

「お、驚かせないでよ……!」

「お前が勝手に驚いてるだけだろ……ったく、こっちこいよ」

「わわっ!?」

腕を引かれて、とある屋台の前まで連れてこられた。屋台の奥の戸棚にはお菓子や玩具、大小様々な物が並べられ、手前には幾つかの大型の銃が並べられている。先端にコルクを詰めて撃つ、コルク式の玩具の銃だ。

屋台の店主に百円硬貨を渡し、錦山くんは並べられた銃のひとつを手に取り、馴染ませるように手のひらで弾ませた。

「どれか欲しいものあるか?」

何とも様になるその背中を見つめていると不意に声を掛けられた。へ?気の抜けた声をあげると、錦山くんは構えていた銃を下ろしてため息混じりに振り返る。

「俺が何でも獲ってやるって言ってんだぜ?何か欲しいものねぇのか?」

「ええっと……」

私は景品の並ぶ棚に目を向けた。幼児が遊ぶような玩具に混じって、可愛らしい猫のぬいぐるみがちょこんとお行儀よくお座りをしているのが目に留まった。チェーンが付いていて、キーホルダーになっているようだ。
しかし、そう簡単に取れるとは思えなくて、私は口ごもる。無難にお菓子でも言っておこうかと思って、私はおずおずと口を開いた。

「じゃあキャラメルで──」

パンッ──言い終わる前に乾いた破裂音が響き、微かに猫のぬいぐるみを揺らした。

「遠慮すんなよ。バーカ」

錦山くんは鼻で笑って、銃口にコルクを詰めていた。私の嘘はどうにも錦山くんには通じないらしい。嘘をついた事を咎めることもせず、錦山くんは綺麗なフォームで銃を構えて引き金を引いた。

パンッ──二発目もぬいぐるみに命中するが、僅かばかり位置をずらしただけだった。

「チッ、中々手強いな……」

舌打ち交じりに、錦山くんは三発目の弾を込めた。


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