- ナノ -

隣のクラスの錦山くん

夏祭り。1


提灯の明かりが夜を彩っている。何処からか流れる祭囃子が心を躍らせた。ここ──神室神社では毎年、夏休みに入って最初の日曜日に夏祭りがある。小さい頃はよく行っていたが、人混みが苦手な私はいつの間にか行かなくなっていた。

中学最後の夏だから思い出を作ろうと友人に誘われて、数年ぶりに夏祭りに参加する。ドレスコードはわかってるよねと念を押されて、仕方なく押し入れの奥に入れられていた浴衣を引っ張り出した。不器用なりに髪を結い上げて、おめかしをして、今日の私はちょっぴり大人になった気分だ。

「お待たせー!待った?着付けに時間かかっちゃって……ごめん!」

「ううん!大丈夫!」

小走りで駆けてきた友人に笑顔を返す。私と同じように明るい色の浴衣を身に付けている。

「じゃ、行こっか」

「うん!私、りんご飴食べたいな」

神社の手前の道路の両脇には色々な屋台が並んでいる。飲食は勿論、的当てや金魚すくいなどの遊戯屋台も充実していて、見ているだけでも楽しい。

「ん〜りんご飴おいしー!」

宿題はどう、とか取るに足らない話をしながら、りんご飴を舐める。口一杯に広がる甘味を味わいながら、次はどうしようかと考えていると不意に肩を揺すられた。

「ちょっと!ちょっと!あれ見て!!」

興奮ぎみに声を大きくする友人の指差す方向を視線で確認する。その先に見えた人影に私も思わずあ!と声をあげてしまった。

人混みの向こう──神社の入口に錦山くんの姿があった。誰かを待っているのか、手持ち無沙汰にライターをつけたり消したりを繰り返している。

「折角だし声かけちゃおうよ!」

「え!?ダメだよ!」

「いーい?こんなチャンス逃しちゃだめ!」

そう言うなり強引に人混みを掻き分けて、一直線に錦山くんの元へと突き進んでいく彼女の背を私は慌てて追いかけた。

「錦山、終業式ぶり!」

そして物怖じせずに声をかけているのを他所に、私は友人の背中に隠れた。できる限り身体を小さくして息を潜める。

「おう!お前も来てたのか……ってアスカは何隠れてんだよ。バレバレだぞ」

──が、そんな細やかな抵抗など意味はなく、いとも容易く錦山くんにバレた。陰から引き摺り出され、私は何故か恥ずかしくなって俯く。頭上から錦山くんが苦笑している気配がして、息が苦しくなった。

「お前、今日は浴衣なんだな」

「あ、えと……うん」

「悪くねぇぜ」

おずおずと頷くと頭をよしよしと撫でられて、顔から火が出そうなくらい熱くなった。すぐそういうことをするのは錦山くんの悪いところだ。

「ところで錦山は一人?良かったら一緒に回ろうよ」

「おー……まあ、桐生のやつ待ってたんだが、来ねぇからちょっとくらいならいいぜ」

頭上で繰り広げられる会話に入ることが出来なくて、手に持っていた残り少ないりんご飴をしゃくりと齧る。甘い筈なのに錦山くんが目の前にいるという緊張のせいか味が全く感じられなかった。

「ラッキー!じゃ、行こ!」

溌剌とした彼女の提案で、私達は錦山くんと回ることになった。



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