- ナノ -

隣のクラスの錦山くん

きっかけ。


隣のクラスの錦山くんはその端正な容姿と取っ付きやすい軽い物腰が相まって、同学年は勿論上にも下にも人気だ。お昼休みや放課後に女の子に囲まれているのをよく見かける。女の子の噂話にもよく話題に出てくるし、錦山くんに告白する!なんて宣言を聞いたのも一度や二度ではない。それでも彼が誰かと付き合っている様子はないので、告白した女子は皆、撃沈しているようだ。

「あ……錦山くんだ……」

購買で買ったらしいパンを数個片手に、同じクラスの桐生くんと歩いている。何となくその姿を注視してしまうのは、やはり彼がイケメンだからなのだろう。
桐生くんと錦山くんは同じ孤児院出身だからか、よく二人でいるのを見かけるし、とても仲が良い。いつもの気取った不敵な笑みではなく、くしゃりと笑う錦山くんにとくりと胸が鳴った。

(あんな笑顔もするんだ……)

身内にしか見せないだろう笑みを盗み見て、ドクドクとうるさい胸元をぎゅっと押さえる。私は近づいてくる二人の邪魔にならぬように廊下の端に寄った。俯く私の横を二人が通りすぎていく。決して交わらない視線、関係性。きっと錦山くんは私の名前も知らない。

「お前、大丈夫か?具合悪いなら、保健室連れてくぜ」

「えっ?」

ぱっと顔を上げると、通りすぎた筈の錦山くんが目の前に居た。少し離れた場所には桐生くんもいる。

「ううううん!?だ、だ、大丈夫!ちょっとぼーっとしてただけ!」

突然のことに私は吃驚して、自分でも驚くほどに吃ったし、声もいつもより大きくなった。その反応に錦山くんは目を丸くしたが、やがて可笑しそうに口元を押さえて笑った。

「ははっ!なら、いいけどよ。具合悪かったらちゃんと保健室行けよ?じゃあな」

「!?」

頭の上でぽんぽんと優しく跳ねた手のひらの温もりに私は硬直する。離れていく錦山くんになにも言えないままその背中を見送った。思いもよらぬ出来事で身体中の血液が顔面に集まっているのではないかと思うほどに顔が熱い。私は微かに感触が残る自身の頭に手を触れて、ただぼんやりと先程の光景を思い返した。


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