龍が如く4
08:葛城の襲撃
突然真島が逮捕され、事務所を放り出されたアスカは冴島と共に賽の河原へ身を寄せていた。捕まる直前の真島に兄弟と靖子ちゃんを守ってくれと頼まれて、警察の目を掻い潜り、冴島をここまで誘導したのだ。地上は警官がたくさんいるため、地下を通ってミレニアムタワーから何とかたどり着けた。
真島は逮捕され、靖子は行方不明。指名手配された冴島をつれて歩くには目立ちすぎる。これからどうしたものか、と考えあぐねながら、花屋のいる賽の河原の奥へ向かった。
敷き詰められた白と黒の大理石。神殿のような白い柱がいくつも聳え立ち、薄暗い部屋の奥にある大きな水槽のブルーライトが淡く光っている。いつ来てもここは豪勢な部屋だ。入室に気づいたらしい花屋が椅子をくるりと回転させて此方を向いた。
「よう、フクロウ」
「やぁ、花屋さん。悪いがその名は捨てたんだ」
未だにアスカのことをフクロウと呼んでくる花屋に苦笑する。お互い情報屋だが、花屋の方が財力も能力も抜群に良い。それに伴って依頼料は高額ではあるが。
「それより、警察の監視が緩くなるまで、ここに身を隠しても大丈夫か?」
「あぁ、いいぜ。同じ情報屋のよしみだ」
「ありがとう、助かる」
快い返事にアスカは感謝の言葉を述べ、頭を下げた。これで暫くの安全は確保出来たが、いつまでもここに潜っている訳にはいかない。
「何とかして冴島さんを妹に会わせてやりたいんだがな……」
「お?情報を買うか?」
「こんなときまで売り付けようとしてくるなよ……」
机に身をのりだし、意地悪くにやりと笑ってくる花屋にアスカは呆れる。どこまでも強欲というか、したたかというか。いらねぇよ、と丁重に拒否しておいた。
幾つかの情報交換をしていたときだった。
「大変だ!!上野誠和会の連中が……!!」
けたたましい音を立てて扉が開き、花屋の手下であるホームレスの男が転がるように駆け込んでくる。即座に花屋は携帯で誰かに連絡をとり、アスカは肩で息をしている男に駆け寄った。
「い……いま、冴島が戦ってるが、アイツらバカみてぇに軍団で来てやがる……!!」
「まずいな……」
思ったよりも追っ手が早い。真島が居なくなったのを狙って来たのだろう。冴島の強さは確かだが、数の暴力にはどれだけ強くとも勝つのは厳しい。
「花屋さん、どうすーー」
る?と言い切る前に、再び扉が蹴破る勢いで開かれた。ぞろぞろと部屋へ入ってきたのは人相の悪いスーツの男共だ。その手には木刀や鉄パイプが握られている。
苦い顔をして、アスカは男共と相対した。
「やるしかねぇか……」
昔より弱くなっただけで全く戦えない訳じゃない。少しくらいの戦力にはなるだろう。
軽く手首をほぐして握りこぶしを作り、腰を低くした。
「フクロウ!俺の部下がくるまで耐えろ!」
「あぁ!任せろ!」
先手必勝。地面を蹴り、正面に立つ鉄パイプの男に足払いをかけて体勢を崩させる。木刀の男の攻撃を素早くバックステップを踏み、後退することで避けた。
「ちょこまかと逃げやがって!!」
「ーーっ!」
男が掴みにかかろうと腕を伸ばしてきた瞬間、フラッシュバックする錦山の顔に息が止まった。捕まれる前に何とか腕を弾き、距離を取る。男共を睨みながら、乱れた呼吸を整えるように大きく息を吸い込んだ。
(落ち着け……あれは彰じゃない)
自分に言い聞かせる。震える身体を叱咤し、再度拳を強く握りしめた。
「死ね!オラァ!!」
振りかぶられた木刀を横に飛んで避け、男の横腹に向けてフルパワーの蹴りを叩き込む。蹴り飛ばされた男に更に追い討ちをかけ、顔を思い切り踏みつけた。
「まずはひとりーー」
ひとりずつ着実に潰していく。敵の手数を減らして行かなければ勝てないだろう。何時なんどき先程のようなトラウマがでるか分からない。
『アスカ』
「ーー、クソッ!」
幻聴が聞こえて、悪態をつく。視界の端で男が鉄パイプを振り上げているのを確認し、即座に倒した男の手元から木刀をもぎ取り、ガードの姿勢に入った。
ガッーー
木刀に衝撃が走ったが、問題はない。力を抜き、鉄パイプを受け流した。ふらついた男の首もとへ力一杯木刀を打ち込んだ。
『アスカをこんな風に殴ったのが懐かしいぜ』
「やめろ……」
耳元で聞こえる声に息が荒くなる。昏倒した男を見ずに、次の男に向き直ろうとした瞬間に横から木刀を持つ手を握られた。
動きを封じるそれにアスカの身体が強ばる。男の姿に錦山がダブった。腕を引かれ、アスカは体勢を崩してしまう。
「ぐっ……」
男の拳がアスカの頬を打つ。激痛に顔が歪んだ。よろめき怯んだアスカに男は更に攻撃を叩き込んでくる。
「ーーーー!」
花屋が何かを叫んでいるのに、まるで聞こえない。煩いほどに鼓膜を打つのは亡き人の声。幻聴と頭で理解はしても、身体に刻まれた記憶がアスカを蝕む。
ふらつき、地面に倒れる。霞む視界に男がにやりと笑って木刀を振り上げた。
(情けねぇ……)
過去を引きずり、こんな雑魚にも勝てなくなった。目を閉じて歯を食い縛るーーが、いつまでたっても木刀は振り下ろされなかった。
瞼を上げると、短髪の屈強な男が敵と対峙している。彼は確か闘技場のチャンピオンで花屋の部下だ。時間稼ぎはなんとか出来ていたみたいで、アスカはほっと安堵する。身体を何とか起こして、戦闘の邪魔にならぬよう花屋のそばまで引き下がった。
イワンが戦って何とか部屋に入ってきた男たちは何とか打ち倒す。一先ずは安全を確保できたが、安心は全くできない。
「冴島さんが心配だ。俺カジノの方を見てくる」
大股で部屋を出ようとしたアスカの足は強制的に止められた。開け放たれた扉から傷だらけの冴島が転がり込んでくる。目を見開き、名を叫びながらアスカは駆け寄った。
「冴島さん!大丈夫か!?」
「なんだ、まだ他にもいたのか」
やけに落ち着いた声色が飛び込んでくる。兵隊を引き連れて、男はくくっと不気味な笑みを浮かべた。それが真島の記憶にあった上野誠和会若頭の葛城勲だとアスカはすぐに気づいた。
「何故冴島さんを狙う?」
さりげなく冴島を庇うように前に出る。恐ろしいが、真島に頼まれたのだ。何としてでも守らなくてはならない。葛城と相対しながら、ぐるぐると頭の中で最善策を考えても良い案は思い付かなかった。
「素性もわからぬ男に教える義理はないな」
「なら無理矢理にでも教えて貰おうか」
手袋を外し、戦闘体勢に入る。強がっては見たものの正直なところ勝てる確率はほぼ0だ。出来ることなら逃げてしまいたい。それでも。
「……冴島さん、逃げてくれ。葛城は貴方を狙ってる」
肩越しに振り返って冴島に言った。柄でもない台詞だなと自分で言っておきながら思う。力強く地面を踏みしめ、軽く手首を回してから握り拳を作った。
「誰かは知らないが、邪魔をするならただではおかないぞ」
葛城の背後にずらりと立ち並ぶ新たな手下達。ごくりと唾を飲み、敵を視線でなぞった。
「アホぬかすな……!」
傷だらけの身体を起こし、冴島はアスカの隣に立った。かなりの傷を負っている筈なのに、冴島の鋭い眼光はギラギラと輝いている。
「兄弟が大事にしとる人間置いて逃げれるわけあらへんやろ!」
「はは……ありがと」
行くで!と冴島が先陣を切る。その後をアスカも追うように、側に駆け寄ってきた男に拳を叩き込んだ。
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