- ナノ -

龍が如く1

40:天望


ミレニアムタワー。聳え立つビルを見上げた。この場所から全ては始まった。

初めはたった一坪の土地。そして、世良、桐生と錦山、真島、マコト、柏木ーー沢山の人達と出会った。ここがなければ出会わなかった人達。鮮やかな記憶を思い出して、アスカは静かに息を吐き出した。

「何考えてる?」

「……昔の事だよ」

「アスカ」

腕を引かれて、錦山と向かい合う形になる。頬を両手で包まれて前を向かされた。吐息が掛かるほどに近い。

「過去なんか見るな……今の俺だけを見てろ」

強い輝きを灯す瞳に目が離せなかった。

「あぁ。分かった。ずっと見てる」

手を重ねて頷く。安堵したように錦山は小さく笑った。離れて行く微かな手の温もりに後ろ髪を引かれつつ、先を進み始めた錦山の背中を追いかけた。


ミレニアムタワー内には桐生が倒したのだろう黒服の男達が転がっていた。スーツの襟元には変わったバッジが取り付けられている。ヤクザかと思ったが、そうではないらしい。

「こいつらはMIAだ」

「MIA……政府直属の特殊部隊……?」

「知っているのか?」

「名前くらいなら……こんな軍隊を動かせる人間なんて限られてる」

倒れている黒服を横目で見ながらアスカは小さく頷き、答えた。こつり、こつりとソールが床を叩く音が静かなエントランスに響く。

Ministry Intelligence Agency。それを動かせるのは政府の人間だけだ。例えば首相や大臣、国会議員だとか。そう言った人間が手足として秘密裏に動かすのがMIAだ。尤も今MIAを動かしているのが誰なのかはわからないが。

「流石だな。神宮京平がこいつらをここに差し向けている」

「神宮……?」

どこかで聞いた覚えのある名前だ。顎に手を当てて、考え込む。単にテレビで聞いたとかそんなレベルではない。もっと身近でその名を聞いたような気がするのだ。

「神宮は世良とつるんでた代議士だ。俺を利用するために……100億と、遺言状の情報を流してきた……愚かな男だ」

その言葉で頭のどこかでつっかえていた記憶がすんなりと思い出せた。神宮京平ーーそうだ。俺はその名を世良の記憶で、東城会で視た。

「嶋野だってそうだ!どいつもこいつも俺を見くびってやがった……!若造だとバカにして散っていった……!だがどうだ……結局100億に辿り着けたのは……!!」

握りしめた手を見つめて苦しげに吐き捨てる錦山の背にアスカは歩みより手を添えた。

「俺だ……!全てを手に入れて誰にも文句は言わせねぇ……」

指先に伝わる錦山の苦悩を感じとる。否定も肯定もせず、ただ寄り添った。
野望を目の前にした錦山の瞳は龍の如くギラギラとした鋭い光を宿していた。それはまるで今まさに滝を昇ろうとする鯉のようなーーそんな輝きだった。

「行くぞ」

その声に呼ばれるがままに、アスカはエレベーターへ乗り込んだ。

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