龍が如く1
39:祈り
医者が来たのは次の日になってからだった。銃で撃たれたとはいえ、当たり所はそこまで悪くなかったし、銃弾も通り抜けていたお陰で簡単な治療のみで終わった。
流石に走ると痛みはあるが、歩くくらいなら問題はなさそうだ。痛み止めの効果のお陰だが。
組員が皆出払って、静かな事務所でアスカはゆっくりと窓の外を覗いた。窓についた手から伝わる冷たさが、外の寒さを感じさせる。夜の帳が下り、ネオンが街を彩っていた。いつもなら人で賑やかな街並みが今は猫一匹すら居らず、静寂に包まれている。
最後の戦いが始まるのだと、心のどこかで感じた。神室町の中央に聳え立つミレニアムタワーを見つめる。そして、目を伏せて祈った。
(これ以上、誰も居なくなりませんように……)
もう誰かが死ぬのを見るのは嫌だ。甘いのは分かってる。でも、皆大切な人達だから。
眼下で武器を持った男達が動き出すのが見えた。錦山組の組員だ。桐生を潰すためにかき集められた兵隊達。
「いよいよだ。俺は100億を手に入れ、東城会のトップに立つ」
「彰……」
隣に来た錦山を見上げる。鋭い瞳は野望を見据え、ギラギラと光っていた。それに肯定も否定もせず、ただ頷く。結果が何であれ、アスカはただ錦山の隣にいる。それだけだ。
錦山の指先がアスカの首もとに触れる。首を絞められるのかと身体が反射的にびくりと震えた。怯えたアスカに錦山は薄く笑って、でもどこか悲しげに瞳を揺らす。
「もう首輪なんて必要ねぇな……」
ーーかしゃん。軽い音と共にずっと首を締め付けていた首輪の感覚が無くなった。急に軽くなった首もとに違和感を覚える。
錦山は外した首輪をデスク横のゴミ箱へ投げ捨て、スーツの内ポケットから何かを取り出して、アスカの首の後ろに腕を回した。
「よく似合ってる」
一歩下がってアスカの姿を眺めて錦山は笑った。何をつけられたのかと視線を落とす。
「ネックレス……?どうして?」
外された首輪の代わりに首もとには指輪の通ったネックレスが付けられていた。青い宝石の埋まったシンプルな指輪を摘まみ、不思議そうにしていると額にそっとキスをされる。
「秘密だ」
昨日のアスカのように人差し指を口の前で立てる錦山に思わず笑みがもれた。
「なんだよ、それ」
「言わなくたってお前にはわかるだろ?」
頭の後ろに手が回されて、胸に引き寄せられた。厚い胸板に顔を寄せると、少し早い鼓動が聞こえてくる。それと一緒に触れている所から伝わる錦山の純粋な気持ち。
「あぁ。分かるよ……」
言葉になんかしなくたって、聞こえてる。
鮮明に、確かに。
どのくらいそうしていただろう。離れていく温もりに名残惜しさを感じつつ、顔を上げた。
「さぁ、行くか」
最期の戦いが始まろうとしていた。
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