- ナノ -

龍が如く1

35:想起


隠れててください、とシンジに言われてアスカと麗奈は二人で廃墟の一室に潜んでいた。震えるアスカの背中を麗奈が撫でてくれるがあまり効果はない。そう遠くはない場所から聞こえる怒声と騒音が怖い。

「桐生ちゃん……早く来て……」

麗奈が祈るように呟いた。確かに桐生が来てくれれば錦山組の連中なんて皆叩き伏せてくれる筈だ。けれど、来なかったら?来なかったらどうなるんだろうーー……あまり考えたくはない。

悪い想像ばかりが頭をよぎってアスカはそこで考えるのを止めた。

「−−アスカくんは錦山くんの事、どう思ってるの?」

唐突に問われて、アスカはすぐに答えられなかった。答えは期待していなかったらしく、麗奈は膝を抱えたまま話し出す。

「私ね、錦山くんの事好きだった」

触れあう肩口から微かな震えを感じた。

知ってる。10年前から知っていた。麗奈が錦山を好きだった事。

「好きになってくれるかもって、錦山くんが望むことは何でもした……でもーー」

そこで麗奈の言葉は途切れる。麗奈は膝に顔を埋めて、嗚咽を漏らした。

『でも、錦山くんは由美ちゃんが好きだったから。一度も私の事なんて見てくれなかった』

聞こえてきたコエは、悲しみに暮れていて。けれどそれに気の利いた言葉を返すことも出来ずに、ただ麗奈を見つめる。ありきたりの慰めなど麗奈も求めていないのは分かりきっていた。


"お兄ちゃんの事、よろしくお願いします"

"ふふ、お願いします。お兄ちゃん、ああ見えて淋しがり屋だから"


不意に脳裏に蘇る声に、ハッとする。いつの間にか震えは収まっていた。

「俺は……約束したから」

「約束……?」

ぽつりと溢した言葉に目を赤く腫らした麗奈が不思議そうする。小さく頷き返して、少しだけ口角を上げた。

忘れかけていた優しいあの子との約束を思い出す。ぐちゃぐちゃだった心が一瞬にして纏まった感覚がした。

「……いや、約束なんてなくたって、俺は……俺は、彰が大切だから……」

何も悩む必要なんてなかった。もう最初から答えは決まっていたんだ。あの日からずっと。淋しがり屋の、あいつの隣は俺なんだ。

「彰のとこに戻らなきゃ……」

「……そんなの絶対にダメよ!戻ったら殺されるかもしれないわ」

殺されるかもしれない。でも、それが錦山の望みなら受け入れようと思った。
麗奈の言葉を聞いて、アスカは固く手を握りしめて決心する。

ーーガチャ……

隠れていた部屋のドアノブが回る音がして、互いに口をつぐみ、息を潜める。男が数人入ってきた気配がした。口許を押さえ、必死に気配を消す。

「隠れてるのは分かってるぞ!出てこいや!」

「……っ」

はったりだとは分かっていても、怒声を聞くだけで身体が恐怖で震える。探せ、という声と共に男が荒っぽく部屋を探し回り始めた。ガラスの割れる音や家具を壊す音がどんどんと近づいてくる。見つかるのも時間の問題だ。

不安げに様子を窺っていると麗奈に腕を捕まれた。

「アスカくん、男が来たら反撃して逃げるわよ」

「そんなの無茶だ……!」

男達に感づかれないように声を潜めて反論する。非力な二人が複数のヤクザ相手に強行突破なんて出来っこない。

「ここでじっとしていても捕まるわ……!それなら動く方がマシよ。いいわね?」

麗奈は床に転がっていた握りやすいサイズの瓦礫を掴んだ。そしてタイミングを見計らい、物陰から飛び出す。

麗奈は果敢にもすぐそばにいた男に向かって瓦礫を叩きつけ、怯んだ隙にアスカの手を引いて駆け出した。



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