- ナノ -

32-2


シンジの背中へ向けた。そして錦山の声に押されるままに、トリガーを引く。乾いた破裂音が響き、シンジの脇腹に命中した。みるみるうちに赤く染まるシンジの姿を見て、息をのみ銃を取り落とす。力が緩んだ瞬間に錦山はシンジの拘束を振りほどき、乱暴に蹴り飛ばした。

「ぐあぁっ……!!」

苦しげに呻き声を上げて、シンジは床に転がった。麗奈がカウンターから飛び出し、シンジの身体を助け起こす。夥しいほどの血がぼとぼとと床に落ち、赤い水溜まりを作った。アスカは呆然と己の両手の平を見つめて立ち尽くす。

「アスカくん……お願い、助けて……」

「ぁ……」

助けを求められて、アスカははっと我に返る。泣きそうな顔の麗奈を見てアスカは無意識の内に駆け寄り、シンジの容体を確認していた。自分で撃ってしまったのに、心配するなんておかしな事をしている。

「アスカ!テメェ、俺を裏切るつもりかぁあ!!」

「ひっ……」

怒りに満ちた形相で怒鳴られてアスカは恐怖におののく。顔を青くして震えているアスカを庇うようにシンジが腹を押さえながらも前に出た。

「……アスカさん!親父の言葉を聞いちゃ駄目です!俺が時間を稼ぎますから、麗奈さんと逃げてください!!」

隠し持っていたらしい銃を錦山に向けて発砲する。しかし、錦山は素早く身をソファの影に隠し、銃弾を避けた。

「アスカくん!行くわよ!」

「……っ!」

腕を引かれるままに、セレナの裏口から飛び出した。非常階段を躓きそうになりながら下り、裏路地から天下一通りの様子を伺う。ちらほらと錦山組のヤクザの姿が見えた。

必然的に麗奈と逃げる形になってしまったが、最後に聞いた錦山の言葉が頭にこびりついている。

裏切った。裏切ってしまった。また殴られてしまう。また痛くされてしまう。どうしよう。どうすればーー。

思考回路がぐちゃぐちゃで、上手く考えられない。同じ言葉ばかりが頭を巡り、真っ白になる。

「おれ……ぁ、あきらを……裏切って……」

「アスカくん!しっかりして!今は逃げることを考えて!」

両肩を持ち、乱暴に揺すられて意識が思考の海から舞い戻る。焦点を麗奈に合わせるとほっとしたようにため息をつかれた。

「れ、いなちゃん……」

「裏切っていいの。錦山くんはもう……昔の錦山くんじゃないから……」

裏切っていいと言われて、アスカは顔を歪めた。皆が錦山から離れていくのが悲しかった。

「……麗奈さん……アスカさん!早く逃げましょう……!」

「シンジくん!でも、何処にいけば……!」

先程よりもさらに傷を増やし、ふらふらになりながらもシンジが駆け寄ってきた。血が身体から落ちていく。シンジから漂う鉄さびの臭いが不安をあおり、それだけで心臓がおかしな動きをした。

「どこでもいいから逃げて……桐生の兄貴に連絡を……っ痛ぅ……」

「シンジくん……!」

シンジの身体を麗奈と支えながら、出来る限りの全速力で神室町を駆け抜けた。何とかセレナから離れ、ミレニアムタワーの脇まで来たがあちこちに錦山組の構成員が走り回っている。
ふらふらになりながらも物陰に隠れ、桐生に連絡をとるためにシンジは携帯を取り出した。

『シンジか?お前、どうした!?』

電話口から桐生の声が微かに聞こえてくる。その声につきりと胸が痛んだ。

「麗奈さん、セレナに錦山さんを呼び出して撃とうとしたんです……。今、俺と逃げてます……アスカさんも一緒です……」

『シンジ!今どこだ!?』

「よくわかりません……。ミレニアムタワー……賽の河原が見えます」

『シンジ、待ってろ。直ぐに行く。それまで絶対に死ぬなよ!』

力強い言葉と共に電話が切られた。

シンジの身体を支え、出せる限りの早さで神室町を逃げ惑う。腹に穴が空いているというのにシンジは襲いかかってくる錦山組の組員を何度も蹴散らしていた。シンジが動く度にアスファルトに広がる血溜まりが出来る。

そばにいるのはシンジと麗奈。錦山ではない。監禁されていたのに、いざ錦山から離れるとどうしてか不安と恐怖が溢れて、苦しい。裏切ってしまった罪悪感もそこに混ざって、心の中はぐちゃぐちゃだ。

「は……」

物陰に隠れてやり過ごしている最中、突然震えが止まらなくなる。呼吸も上手く出来なくなり、短い呼吸を繰り返す。

「アスカさん……大丈夫、です。桐生の兄貴が……助けて、くれます」

震える手をシンジが握りしめてくれた。自分も満身創痍だというのに、アスカを安心させるようにシンジは笑う。そのおかげでアスカは落ち着くことができた。視界にもきちんと色が戻り、呼吸もいつものテンポを取り戻す。

なんでシンジを撃ってしまったんだろう。アスカは酷く後悔した。



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