18:卒業式
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東関狂走連合が解散し、それから数ヶ月。彼らがいなくなってからは特に争い事も起きず、平和な日々が続き、それぞれが元通りの和やかな生活を送っていた。
あっという間に今日は卒業式だ。もう"女王"と呼ばれる生活ともおさらばである。呼ばれることは好きではなかったが、ほんの少し寂しい。乙葉達が使っていた屋上のたまり場も次の世代へと受け継がれるのだろう。
長い間一緒にいた小田原や副島とも今日でお別れになるのだ。今生の別れ、という訳でもないのに、副島は見ている人がドン引きするくらいの大号泣をしていた。そこまで乙葉の事を慕ってくれていたのは、嬉しいが姉貴姉貴と大声で連呼しながら泣くのだけは止めてほしかった。周りの視線がとてつもなく痛すぎた。
極東連合から集合の連絡が来ていたため、乙葉は卒業式が終わると同時に早々に学校を後にした。
極東高校の前には連合のメンバーが既に集結していた。皆楽しそうに話に花を咲かせている。乙葉の到着に気づいた菊永がよう、と腕を上げた。
「高校生活ももう終わりね。三年間早かったわ」
「……その事だけどよ」
感慨に浸りながらしみじみと話し掛けると、菊永は歯切れの悪い反応をする。
「またダブっちまった……」
流石に二度目の留年は洒落にならず、苦笑いを浮かべる彼には返す言葉もなかった。暴れまわって停学食らって出席日数不足の負のループはいつまで続くのか。
「おっさんは俺らの分まで極東連合守ってくれよな!ははは!」
「あぁ?笑ってんじゃねぇ!」
おっさん、と木村におちょくられて、目をつり上げる。わーっと唐突に追いかけっこを始める彼らに乙葉は頭を抱えた。
「狂犬ちゃんと総長、戦い始めたみたい」
そっと極東高校の校庭を覗くと、拳を交えている二人の姿が見えた。狂犬が極東連合の頭を張れる資格があるか確認する。というのは建前で。
「どっちが勝ってもあいつが番長だけどな」
勝敗関係なく、ヤスオはもう既に狂犬に番長の座を譲るつもりでいるようだ。確かに東関狂走連合との戦いの中で狂犬は強くなったし、以前よりもずっと漢らしくなった。もう十分番長としての素質はある。それでもわざわざ勝負をするのはヤスオの意地もあったのだろう。
漢同士のタイマンの喧嘩にたくさんギャラリーは必要ない。乙葉達は勝負がつくまで校門前で彼らを待つ。胸の位置で祈るように手を組み、そっと小さな声で願った。
「狂犬くん、頑張って……」
長いようで短い時間。ほんの僅かな緊張を顔に浮かばせる。待っていた全員の前に現れたのはレイナに肩を支えられたヤスオと、しっかりと自分の足で歩いてきた狂犬だった。
二人の姿を見れば結果は聞かずとも予想できた。誰にも気づかれぬようにほっと胸を撫で下ろす。
「お、二代目の登場だ」
山田がにやりと笑う。
「俺様がもう一年ダブったことは内緒だからな新人!いや二代目か!」
「俺らの代は、もう菊ちゃんしかいないけど、しっかり遊んでやってくれよな二代目!」
菊永、陽一、それぞれが新しい極東連合の総長へ声をかけていく。
「俺にタイマンで勝とうが負けようが、お前が二代目だってのは、ここにいるみんなが決めたことだ」
「みんなの期待、裏切るんじゃないよ!」
ヤスオやレイナの言葉を聞き、狂犬は大きく頷いてしっかりと返事をした。差し出された手を固く握りしめ、握手をする。新しい総長の門出を桜の花びらが祝うように舞い上がった。
風が止み、狂犬は全員の顔を見回してから、乙葉で視線を止めてそばへ歩み寄る。その視線に柔らかく微笑みを返し、口を開いた。
「おめでとう、狂犬くん」
心からの賛辞を送る。
「……俺、ずっと言いたいことあったんだ……」
いつになく緊張した面持ちの狂犬にこちらまで緊張してしまう。顔を見上げ、何も言わずに狂犬の言葉を待つ。
「俺……」
視界の端で山田やヒロシが囃し立てようとしたのを村上とレイナがぶん殴って止めているのが見えた。何となく顔が熱くなって、心臓がドキドキする。
「ずっと、好きだった……俺と、俺と付き合ってください!!」
頭を下げる狂犬を見て、乙葉は荒れる鼓動を深呼吸で落ち着ける。今度は自分が答えなければならない。答えはもう決まっている。あとは言うだけだ。
「顔を上げて、狂犬くん」
「……っ」
恐る恐る顔を上げて、不安げな表情を浮かべている。いつもの威勢の良い所はどこへ行ったのか、思わず笑みが漏れた。
「私も好きよ、トモヤ」
一度も呼んだことがなかった狂犬の名前を呼んだ。呼び慣れない名を呼ばれ、狂犬は赤面した。互いに顔を赤らめながら、どちらからともなく抱き締めあった。
村上も止めきれなくなったのか、ついにヒロシ達がヒューヒューと囃し立てる。
「よっし、新しいカップルが誕生した祝いにラーメンでも食べに行くか!」
「またラーメンか?別にいいけどよ」
ヒロシの提案にヤスオが苦笑する。だが、嫌がるものは誰もいない。みんなの最後尾をトモヤと並んで歩いた。
繋いだ手の暖かさはどんなものよりも優しく心地よかった。
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