12:囚われの女王様
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次に目を覚ました時には、見知らぬ場所にいた。人工芝の少し硬い葉が乙葉の頬を撫でた。ぼんやりとした意識の中、暫し理解に時間がかかった。
ーーここはどこだ?
身動ぎをせずに視線だけで場所を確認する。視界には入るのは芝と、スタンドの座席ーーどうやら野球場のようだ。極東線沿線で球場といえば、東関ドームだろう。また随分とふざけた場所に連れてこられたようだ。
場所が確認できたところで自分自身の状態の確認をする。
左肩の怪我は一応は治療がされているようだ。両腕は後ろで縛られていて動かせそうにない。足は自由。敵の数は視界からは確認できないが背後に気配有りーー
とてもじゃないが、ひとりでどうにかできる状況では無さそうだ。
「……っ……!」
「ようやく女王様のお目覚めだ」
痛み止が切れたのだろう。不意にずきりと左肩が痛み、呻き声が漏れてしまった。
「よぉ、どういう状況か、わかってるよな?」
白いバンドを頭に巻いたの男が座り込み、乙葉の顔を覗きこむ。その顔には見覚えがあるーー確か、黒マスクの男と共に如月亮の脇に控えていた男だ。
痛みを堪えながら眉間にシワを寄せ男を睨み付ける。
「捕まってる、くらいはわかるけれど……それよりも教えてくれる?小田原と副島はどこかしら?」
彼ら二人の姿が見えない。記憶が途切れる直前に見た二人は酷く狼狽していた事を思い出す。無事なら、いいのだが。
「おーおー、自分が捕まってるってのに部下の心配たぁ、お優しいこったな!」
前髪を捕まれ、引っ張られる。痛みに呻く乙葉を男は下卑た笑みを浮かべ、耳元で囁いた。
「あの二人は俺ら暗黒騎士団が葬ってやったから安心しろよ」
「ーーっ!」
予想はしていた。苦々しげに顔を歪め、自分の不甲斐なさを痛感する。乙葉が刺されなければ、二人がフクロにされることもなかっただろう。しかし、不良同士の喧嘩で刃物を使うとは想像もしなかった。ヤクザの抗争ならともかく、だ。
「ーー会長!お疲れ様です!!」
髪をつかんでいた手を乱暴に離され、顔面を地面に打ち付ける。芝生とはいえ、庇うことも出来ずに落ちると痛い。
「白銀の"女王"。連れてきました」
呻く乙葉を他所に頭上で会話が交わされる。
肩を捕まれ、身体を起こされる。しばらく寝かされていたのに座るような姿勢にされて、少し目眩がした。気分の悪さをこらえ、目の前に立つ男を見上げる。
冷えきった鋭い眼光に、身体が震えた。
「……おい。何でこいつは怪我してんだ?」
「強行手段をとらしてもらったんで……何かいけませんでしたか?」
「ーーふざけやがってコラァ!!」
鈍い打撃音がして男が乙葉の横へ倒れ伏した。突然の怒声に身体をびくりと跳ねさせる。如月は鬼のような形相で男を怒鳴り、更に蹴り飛ばした。
「誰が勝手にこいつに怪我させていいっつったんだ!?あぁ!?」
「す、すいません!!」
あまりにも理不尽な暴力だというのに、殴られた男は土下座をして謝罪をしている。男の謝罪を尻目にかけてから、乙葉のそばへ膝をついた。
白い指先が乙葉の左肩に触れる。怪我をしているところに触れられて身体を僅かに硬直させた。何を考えているかわからない、夜の海のような闇色の瞳が乙葉を映す。
「ーーっうぁ!?」
突如、左肩を突き刺すような感覚に目の前がチカチカして、収まっていたはずの痛みがぶり返す。包帯の上から切り傷を抉るように如月が親指をめり込ませていた。乙葉の反応を楽しむかのように、爪を立てて深く抉る。
「っうぅああああ!!」
呼吸が乱れ、情けないことに悲鳴が漏れる。血がこぼれて地面を汚した。ぜぇぜぇと肩で息をしながら、如月を睨み付ける。
「こんなことしたって……私は貴方の、仲間には……ならないわ……!」
「だろうな。だが、狂犬を呼び出すくらいの効果はあるだろう?」
なるほど、そういうことか。私を餌にして狂犬、そして極東連合を呼び、ここで総力戦を仕掛けるつもりらしい。
「あぁ良いな。その眼だ。どれだけ窮地に陥っても光を失わない眼……」
くっくっと如月は笑う。
「叩き潰したく、なるぜ!!」
反応することすら、出来なかった。気付いたときには乙葉は芝生に横たわっていた。頬が遅れて痛み出す。口の中を切ったようで、鉄の味がした。
最近、気絶してばっかりだ……。
じわりじわりと視界が黒く染まっていく、その感覚はいつ味わっても慣れることはない。ぶつりと意識は途切れた。
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