喧嘩番長
- ナノ -

11:暗黒騎士団の襲撃


木村の裏切りから数日。
あの出来事はすぐに小田原と副島の耳に入り、案の定こってりと絞られた。約二時間。耳にタコが出来てしまいそうなほど同じことを何度も言われた。ソファの上に正座する乙葉とその前に仁王立ちする小田原と副島。どちらが番長なのか疑問になりそうだ。

新たに今後家を出るときはどちらか一人を呼ぶように、という約束ができた。因みにいつ呼ばれても良いように二人のバイトが被らないようにするという徹底ぶりである。二人から解放されるためには一刻も早く東関狂走連合をどうにかする他ないだろう。

登下校時は勿論、お昼休みも、トイレに行くときも、買い物に行くときも、必ず背後にどちらか一方がいる。完全にフリーの時間が無くなってしまった。心配されているのは分かるが、こうも付きっきりだと息が詰まる。

「小田原……」

「ダメです」

「…………はぁ…………」

まだ名前しか言っていなかったのに拒否される。このやり取りも何度目かわからない。

弄っていた携帯をソファへ投げ出し、乙葉は身体を伸ばした。

「あー……もう、やることないし帰るわ」

「では、副島を呼びましょうか」

私のやる気のない一言を気にした様子もなく、携帯で副島を呼び出している。小田原からすれば外にいて面倒ごとを起こされるよりも家で大人しくしてくれている方が良いという事だろう。

机の上に広げていた教科書類を閉じて、鞄へ詰め込んだ。携帯をブレザーのポケットに入れて、鞄を持って立ち上がる。

「では校門に行きましょう」

どうやら連絡がついたらしい。促されるままに校門へと向かった。


今日は小田原も副島もバイトが休みのようで、3人で帰ることとなった。家と授業中以外は四六時中一緒にいる二人と別段会話することもなく、黙々と帰り道を歩く。

ーーとりあえず、数学の期末範囲を……

帰宅後の予定を考えながら、商店街の前を通りすぎる。この広場を見ると辛酸を嘗めさせられた記憶が甦る。

正直な所、あれほどの強者と戦った事などなかった。圧倒的な強さと、無慈悲な暴力。初めて喧嘩で恐怖心を抱いた。今でもあの如月の冷酷な眼を思い出すと身体が震える。

「……ふぅ……」

ほんの僅かに乱れた呼気を、深呼吸で整える。あの時の敗北はそれなりに乙葉に肉体的にも精神的にもダメージを与えていた。

"番長"や"女王"等と呼ばれても、上には上がいて、如何に自分が弱いかを痛感する。小田原や副島という支えがいなければ、乙葉はヤスオや菊永のように上に立てるような強い人間ではないのだ。

商店街の前を通り過ぎ、住宅街を抜けていく。ここから公園の向こうに少し行った先にあるマンションが乙葉の家だ。

「今日も何事も無さそうっすね」

「何事もないのが一番です」

マンションの影が見えて、背後の二人が安心したように笑いあう。

何事も起こらないハズだった。
この一瞬まではーー


ヴヴゥーーーンーー


破裂するような改造バイクの爆音が静かな住宅街に何重にも響き渡った。前方、後方から逃げ道を無くすように、乱暴な運転で現れたのは白い特攻服の不良ーー東関狂走連合のトップ如月亮が率いる暗黒騎士団の連中だ。

突然の来襲に3人に緊張が走る。

「見つけたぜぇ!!女王様よぉ!」

「……何のご用かしら?」

トップの如月の姿は見えない。腕を組んで落ち着き払いながら、黒マスクの男に問い返した。

前回の一件以来、このチームの特攻服を見ると気分が悪くなる。

「そんな調子ぶっこいてていいのかぁ?おい!お前らやっちまえ!」

「姉貴!下がっててくださいっす!」

問答無用で襲いかかってきた不良を副島が瞬間的に殴り飛ばす。下がれ、と言われても退路は絶たれている。背後も敵に囲まれていては、乙葉も戦う他ない。

戦闘体勢をとり、攻撃に備えた。

雑兵の寄せ集めだが相変わらず数が多い。3人がそれぞれで相手をしても、中々敵数は減らない。それどころかどんどん増えているような気さえしてしまう。

「っく……このっ!!」

背後から羽交い締めをしてきた敵に肘打ちをして振りほどこうとするが、体格差で振りほどけない。

「いいぞ!そのまま離すんじゃねぇぞ!!」

「なっ……!」

黒マスクの男が銀に煌めくなにかを振り上げた。肩に吸い込まれるようにそれが振り下ろされる。

ぐさり。今までに味わった事のない激痛が左肩を中心に全身へと広がった。ナイフだ。白い柄のナイフが乙葉の左肩に深く食い込んでいる。

「ぅ、うぁあああ……っつ!!」

そのまま地面に押し倒され、馬乗りになった男が強引にナイフを引き抜き、首もとへ突きつける。

「おい、テメェら……それ以上動くなよ?こいつがどうなってもいいのか?」

卑劣な脅しだ。しかし、小田原と副島には絶大な効果をもたらした。

「姉御……!」

「テメェ、ふざけやがって……!」

怒りに満ちた二人の声が微かに鼓膜を揺らした。痛みが酷くて上手く聞き取れない。左肩から溢れ出るものが制服を濡らして気持ちが悪い。視界も少しぼやけている。

浅い呼吸を繰り返しながら、震える右手をもたげて何とか男を退けようと押した。

「流石の女王様もナイフで刺されちゃ、一撃で殺れるんだな!ははは!」

震える手では簡単に弾かれ、何の抵抗にもならなかった。歪む視界に耐えきれず、眼を閉じる。

ーーそいつらフクロにしろ!

最後に聞こえた言葉は、酷く恐ろしかった。



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