喧嘩番長
- ナノ -

09:裏切り


身体のあちこちに出来た青あざも日毎に色を薄くしている。痛みも随分引いてきたし、ようやっとお風呂の時に傷口が沁みることもなくなった。

あの日の襲撃以来、副島にバイクで送り迎えをしてもらうことが強制されてしまった。前までは渋っていた乙葉もあんな出来事があった後には了承せざるをえない。なるべく寄り道はせぬように、と口を酸っぱくして言う小田原は、まるで親のようだ。

そんなわけで学校から寄り道することなく帰宅し、家で自主勉強に励んでいるのだが、いまいち身に入らない。くるくると手元でシャーペンを器用に回しながら、ため息をついた。

「あら……」

手元に置いていた携帯が振動する。バイブレーションの間隔的にメールの着信のようだ。携帯を開き、内容を確認する。

極東連合の木村からだ。


from木村武士
件名極東連合集会
乙葉さん連絡失礼します。
本日20時に衣ノ島駐車場にて
極東連合集会がありますので
よろしくお願いします。


また集会か、と面倒くささを感じつつも、無視するわけにもいかない。時刻を確認して、身支度を整えるために立ち上がった。


時間に余裕をもって指定の場所、衣ノ島駐車場へ向かった。それなりに台数の入る広い平面駐車場の中央にヒロシと横倉の二人が座り込みながら、喋っている。その二人以外はまだ来ていないのだろうか?姿は見えない。

「ヒロシくん、横倉くん」

「おう!乙葉か!他のみんなとは一緒じゃないのか?」

「いいえ。ここに来るまで誰にも会わなかったわ」

頭を振った乙葉に、ヒロシは顔を曇らせた。もう集合時間の10分ほど前なのに、ヤスオやレイナが来ない事には違和感がある。彼らは時間にはきちんとしている。集会なんかの時間は、特に。

携帯のメールを再度見直した。何度見直しても、場所も時間もここで間違いない。ヒロシや横倉もここに来たということはメールの間違い、という訳でも無さそうだ。木村の意図的な物を感じるーーたとえば、乙葉達を嵌めようとしている、とか。

「もうちょっと待ったらみんな来ますかね?」

「さぁ?来ないかもね」

横倉の人を疑うことのない呑気さに少々呆れつつも周囲に気を配る。今のところ通行人以外の怪しい人影は見当たらない。

もしここで敵に襲われでもしたら面倒だ。腕っぷしがからっきしの二人を守りながら戦うのは至難の技だ。それに、怪我のこともある。

「ちわっす!」

三人のもとへ駆けつけてきたのは狂犬だった。三人の期待は外れ、狂犬も一人で来たようだ。

「な、なんだなんだなんだ!?」

まるで狂犬が来たタイミングを見計らっていたように、静かだった駐車場にバイク音が響き渡った。乙葉達を威嚇するようにバイクをふかしながらぐるぐると周囲を回る。

「な、なんでここにコイツらが……」

驚く3人を他所にバイクが速度を緩め、目の前で止まる。そのうちの一人は見慣れた男ーー木村だった。背後には特攻服を纏った東関狂走連合のメンバーが控えている。

残念ながら、乙葉の予想は当たったようだ。

「ふぅん?理由は知らないけど、極東連合を嵌めたって訳ね」

「木村、どういうことだよ?説明してくれ」

この感じから察するに他の極東連合のメンバーも囲まれているのだろう。

「スイマセンヒロシさん、乙葉さん……説明はできないっす……とりあえず、みんなここで死んでください……」

酷く思い詰めた表情を浮かべる木村を見て、乙葉は何も言わずに成り行きを見守る。裏切りの事情がなんであれ、死んでくれ、と言われて黙って倒される乙葉達ではない。

「もう俺は後戻りできねぇんだ……みんなを裏切っちまったんだからな!だから、もうアンタら消すしか道はねぇんだよ!」

「な、なんで……そんなことを……」

緊迫した空気感を壊すように、人を嘲るような不愉快な声が割り込んできた。

「けっへっへっへっ〜おうイヌッコロ〜。どうやらうまく行ったみたいだなぁ〜」

この状況が面白くてたまらない、そんな笑い声をあげながらこの場に現れたのは東関狂走連合の田城だった。木村のことを"イヌッコロ"と呼んでいる辺り、何か良からぬことを吹っ掛けたのだろう。

「また貴方?ほんと不愉快な男ね」

「けっへっへっ〜この前亮に病院送りにされた乙葉ちゃんじゃないの〜。俺様にそんな口聞くたぁいい度胸だねぇ〜」

分かりやすい挑発に乙葉はぴくりと眉をはねあげたが、それ以上の反応はせず平静を装う。

「てめぇ……!ぶっ飛ばすぞ!!」

「おぉ〜怖い怖い。おい、イヌッコロ早くコイツらぶっ飛ばしっちまいな!」

乙葉への挑発に何故か狂犬が怒る。想定外の所から反撃を受けた田城は然り気無く、木村の後ろへ下がった。相変わらずのシャバぞうっぷりだ。

「よし、お前ら!殺っちまうぞ!」

木村の号令に周りにいた東関狂走連合の男達が雄叫びを上げた。



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