08:傷痕
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トモヤがたどり着いたときにはもう喧嘩は終わっていた。商店街前の広場はひどい有り様で、折れた武器が幾つか転がり、赤黒いシミが地面に模様を作っている。
その中央に転がる二人の姿にトモヤは息をのんだ。
「乙葉!小田原さん!」
即座に駆け寄り、声をかけるが反応はない。二人とも全身に酷い怪我を負っている。携帯で救急車を呼んでから、副番である山本ヒロシにも連絡を入れた。
まさか乙葉がやられるとは思いもしなかった。烈火の三島を簡単に殺れるほどの実力を持ってしても勝てなかった相手は一体誰なのか。何の力にもなれなかった自分が悔しくてたまらない。
顔に付いている血を指の腹で拭いとる。綺麗な顔にたくさんのアザや擦り傷ができてしまっていて、どうしようもなく悲しくなった。
「……っ」
「乙葉!大丈夫か!」
乙葉が小さく呻いたのに気付いて、声をかけた。薄く瞼が持ち上がる。トモヤの顔を視界に入れると力なく笑みを浮かべた。
「……きょ、う、けん、くん……」
弱々しげに呼ぶその声を聞いた時、どれだけ強く凛とした乙葉も本当はか弱い少女だったと言うことを思い出した。抱き起こした手に力が入る。
佐伯のみならず、乙葉までも。トモヤの周りの人たちを傷付ける東関狂走連合へ怒りが沸いた。
「必ず……必ず俺が……亮をぶっ飛ばす!!」
強く心に誓った。
"女王"こと乙葉が病院送りにされたという事実は極東連合に大きな衝撃を与えた。外傷はかなり酷かったが、骨などには異常はなく2日ほどで退院したようだ。あの場にいなかった副島は乙葉を守れなかった事に対し、かなりのショックを受けたようで暫くは手がつけれないほど荒れていたらしい。
大丈夫だ、という電話を乙葉から貰ってはいるが、心配だったトモヤは学校を早退して白銀学園へ向かっていた。
極東高校よりも真新しい白い校舎を見上げ、唾を飲み込んだ。意を決して校内へ入ったは良いものの、ブレザーに混じる学ランのトモヤは変に目立っていた。白銀の生徒にひそひそ話をされているのを感じながら、校舎へ入って屋上へ向かう。
「おう、お前、極東の狂犬だよな」
階段を上っている途中、白銀の生徒に声をかけられた。風貌から推測するに不良の彼は乙葉の部下の一人なのだろう。
「そうだけど……」
「乙葉さんに会いに来たんだろ?屋上にいるぜ」
やはり屋上のたまり場にいるらしい。ありがとうと声をかけてからその生徒と別れ、急ぎ足で階段を駆け上った。ほんの少し息を切らしながら、屋上の扉を開ける。
「乙葉!」
屋上はテーブルや観葉植物、様々なものが置かれていた。どこから持ってきたのか、大きなソファに背を向けて腰かけていた人がゆっくりと振り返り、トモヤを見るとにっこりと微笑んだ。
「あら、狂犬くんじゃない……来るなら言ってくれれば色々準備したのに……」
笑う乙葉の顔には痛々しい青アザと大きなガーゼが貼り付けられていた。分かってはいたが、改めて見るとこちらの方がツラくなる。
その傍らには同じように青アザとガーゼを貼り付けた小田原と険しい顔をした副島が立っていた。彼らはトモヤを視線で追いながらも何も言わず、沈黙を貫いている。
「見た目が酷いだけで、怪我は大したことないわ」
「でも、顔に傷が残るかも……」
手招きされて、ソファに座るように促される。言われるがままに乙葉の隣へ腰かけた。触れそうで触れない距離感にドキリと胸が鳴る。
「別に残ったって気にしないわ」
「何言ってんだよ!!乙葉の顔に傷が残ったら俺が嫌だ!!」
あまりに無頓着過ぎる乙葉に思わず、声が大きくなった。声を荒げた俺に乙葉は目をぱちくりさせる。何故怒ったのか分からない、とでもいう風な表情だ。その顔を見てトモヤは幾らか冷静になった。
「……ぁ、いや……乙葉は女なんだし……顔に怪我残んの、俺は良くないって……思って……」
視線を手元に落とす。さっきから自分は何を言っているのか。何だかうまく言葉を選べていない気がする。
「ふふ……ありがとう」
膝にぽん、と手が置かれた。包帯で巻かれていても分かるくらい細くて可憐な手だ。
「狂犬くんなりに気にしてくれてるのね……実はね、小田原にも副島にも同じことで怒られちゃったのよ」
「当たり前です。姉御。俺が顔に怪我するのとは訳が違うんですよ」
険しい顔をした小田原が悪びれる様子のない乙葉に注意する。それを聞いた乙葉は面倒そうにため息をついた。
「わかった、わかったわよ。流石に狂犬くんにまで言われたらね」
降参、とでもいうように両手を上げてひらひらと動かしながら、困ったように笑う乙葉は何だか新鮮だった。それからこちらを見て、ウィンクをひとつ。
「これからは顔をなるべく庇いながら喧嘩するわ」
「「「いや、そーじゃねぇから」」」
喧嘩は俺らに任せてほしいのに、分かってくれない乙葉に思わず3人でハモってしまった。
「そういえば、狂犬くんに謝らないといけないことがあるの」
先程とうってかわって、申し訳なさそうな顔だ。そしてブレザーのポケットから何かを取り出し、トモヤの目の前に差し出す。
一瞬、それが何かを理解するのに時間がかかった。少し前にトモヤが贈ったピンクのリボンを着けたくまのストラップだ。しかし、ストラップは千切れ、首からは綿が飛び出し、手足はもげて無惨な姿になっている。
「折角貰ったのに、ごめんなさい……」
この前の喧嘩でこうなってしまったのだろう。肩を落とし、悲しい顔をしている。ストラップが壊れたのは亮が悪いのであって、乙葉は何も悪くない。
「そんなの気にすんなよ。また買ってきてやるって」
今度はもっと可愛いやつ。そう言うと乙葉は花が咲くようにぱっと表情を輝かせる。
「本当?ありがとう、狂犬くんは優しいわね」
嬉しそうに笑う彼女に、トモヤも嬉しくなった。
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