06:如月亮
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極東連合のヤスオが田城と見えたことにより、東関狂走連合との抗争は案の定激化した。極東連合傘下に降った白銀学園もその抗争に巻き込まれることとなった。襲撃には周囲の学校の協力も受け、何とか拮抗状態ではあるが、このまま戦いが長引けば面倒なことになりそうだ。
乙葉も街を歩けば不良に絡まれる事が多くなり、極東連合と手を組んだ事を早くも後悔し始めていた。
「……あー……めんどくさい……」
「姉御、怪我はありませんか?」
学校への登校の最中にまで襲撃してくる暇な不良達を全員伸して、乙葉はうんざりしたようにため息を付く。少しくらいなら我慢も出来ただろう。だが、こうしてほぼ毎日、登下校、買い物中、休みの日にまで頻繁に絡まれては面倒なことこの上ない。
イライラすることが多すぎてテスト勉強も捗らないし、散々だ。喧嘩で乱れた髪を結び直しながら、ちらちらと此方の様子を伺っている敵方の不良を睨み付けた。
待ち伏せするために早起きするくらいなら学校へ行けと思ってしまう。
「タクシーで通いたい……」
「副島にバイクで送り迎えさせましょうか?」
乙葉の呟きを聞いた小田原が提案してくるがそれはそれで副島に申し訳ないと頭を振る。
「あいつなら喜んでやると思いますが……」
「そうかもしれないけど、毎日は手間でしょ……そもそも家も真逆なんだから」
わかりました!といい笑顔付きで二つ返事で頷くであろう事は想像に容易かった。小田原とは家が近いからいいものの、真逆ともなれば少しばかり罪悪感がある。ちょっとそこまでのお使いとは訳が違う。
「姉御が気にすること無いんですよ。俺らはやりたくてやってるんですから」
「そう簡単に言ってくれるけどね……」
"女王"と呼ばれてはいるものの、別に乙葉自身は傍若無人な暴君王女ではない。他人を顎で使うのは気が引ける。
放り投げていた鞄を拾い上げ、土汚れを叩いて払った。
「白銀の"女王"」
不意に声を掛けられて、はっと顔を上げる。改造バイクに跨がった、白い特攻服の白髪の男。即座に乙葉を庇うように小田原が立ちふさがった。
「姉御、下がってください。こいつは東関狂走連合の頭の如月亮です」
「……!」
小田原の言葉に乙葉はその男ーー如月を凝視した。流石東関狂走連合のトップということか、如月が纏う空気感はタダ者ではない。
「……総長さんが何のご用かしら?」
怯える心臓を押さえつけて、表面上は冷静を貼り付ける。
「勧誘だ」
「……なるほどね」
「お前の強さは知っている。東関狂走連合に来ればそれなりの地位も用意してやる」
まさか敵方のトップからの勧誘とは、随分と買い被られているようだ。しかし、乙葉はすでに極東連合の一員だ。はい、わかりました、と了承するわけにもいかない。それに了承してしまったら、ヤスオの信頼を裏切ることにもなる。
「断るって、言ったら?」
如月がおもむろに右手を上げると何処からともなく現れた白い特攻服の不良達が乙葉達を取り囲んだ。険しい顔をして、視線だけで周囲を確認する。ざっと数えただけで10人以上。木刀やらバットやら武器持ちも数人いる。二人だけではかなり厳しい人数だ。
「フクロにするって訳ね……」
身構えながらブレザーのポケットに手を突っ込み、手探りで携帯のボタンを触る。副島でもいい。ヤスオでもいい。誰でもいい。とにかく誰かに助けを求めなければ。
「姉御、安心してください。俺が姉御を守りますから」
乙葉の密かな焦りを知って知らずか、小田原が此方を見ずに言った。腕っぷしが強い副島と違い、小田原はどちらかというと裏方向きで喧嘩は副島と比べれると弱い。こんな強敵と敵対するのは怖いはずだ。
だが、小田原がいてくれるだけでも乙葉にとっては心強い。手探りで電話帳を開いて、通話ボタンを押しこんだ。
「何やってんだ!テメェ!!」
「ーーっ!」
不審な動きに気付いた不良が木刀を乙葉の腕へと打ち付けた。ガツンと腕に強い衝撃が走り、反動で携帯がポケットから零れ落ちる。
地面で跳ねた携帯を不良が力一杯踏みつけた。携帯は簡単に真っ二つに折れて、画面はバキバキに割れる。お気に入りのストラップも汚れてしまった。
「……っとに、嫌になるわね」
打たれて赤くなった腕を擦りながら、息を吐き出した。 深呼吸をひとつ。戦闘体勢へ入り、鋭い眼光で如月を睨み付けた。
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