- ナノ -

04:穏やかな日常
待ちに待ったホメロスの公務がお休みの日がやってきた。ワクワクしすぎて昨日の夜は中々眠れなかった。
グレイグもホメロスも仕事が忙しいらしく、日中は会えないことも多かった。任務で一週間くらい城にいないときもあったため、ここのところ会えていなかったりする。夜は食堂で会えることもあったがそれも時々しかない。

中庭で以前貰ったスティックと最近読み始めた魔導書を片手にホメロスを待つ。
この魔導書にはルーラという気になる魔法のことが書かれておりそれの解説が載っているのだ。行ったことのある場所ならびゅーんとひとっ飛びすることができる魔法らしい。そんな魔法が使えたらどこにでも冒険し放題だ。

しかしかなり難しい魔法らしく、世界でもあまり使える人はいないようだ。確かに魔法のやり方もかなり難しそうなことが事細かに書かれていて、完読するのに時間がかかりそうだ。

「あれ?ルーナじゃないか?こんなところでどうしたんだ?」

ぱっと声のほうを見るとグレイグがいた。

「グレイグ!」

「グレイグ、お前なんでここにいるんだ?」

ルーナと第三者の声が被る。不機嫌そうに眉間にシワを寄せたホメロスが此方に歩いてきた。

「お!ホメロスじゃないか!奇遇だな!俺は休憩に来たんだ」

「なんだ。早く公務に戻れよ。俺はルーナに魔法を教えるんだ」

しっしと手を払うホメロス。それに不満げな顔をしたのはグレイグだ。

「何!?お前いつの間にルーナとそんなに仲良くなってるんだ!?」

「お前がふらふら任務に出てる間だ」

「も〜!二人とも喧嘩しないでよ!メラで燃やすよ!」

見えない火花を散らして険悪な雰囲気になりそうな二人の間に入り、ルーナは怒る。スティックを掲げて魔法を放つ振りをすると二人は少し離れて肩をすくめた。

「で、ルーナはどれくらい魔法が使えるようになったんだ?」

「メラとヒャドは完璧だよ!きっとスライムくらいなら倒せるよ!今はイオを練習してるの!」

ホメロスに聞かれて、ルーナは自慢げに答えた。約束して貰った日から本気で練習して魔法をものにしたのだ。まあルーナが出来なくってもホメロスはきっと練習を見てくれたのだろうけれど。

「そんなに魔法が出来るようになったのか!?ルーナはすごいなぁ!」

「えへへ、すごいでしょ?頑張ったんだよ!」

わしゃわしゃとグレイグに頭を撫でられてルーナは嬉しそうに顔を緩める。見ててね!と魔法を見せるために切り株の上にそばに生えていた花を置いて、三メートルほど離れてからスティックを構えた。しっかり集中して魔力を練る。

「メラ!」

火の玉がスティックの先から飛び出し、切り株の上の花に命中した。オレンジ色の炎が花を焼き尽くす。火が消えるより前に続けて魔法を放つ。

「ヒャド!」

冷気が一瞬にして炎を消し、切り株ごと消し炭になった花を凍りつかせた。いつもより完璧な発動だ。スティックを貰ってから魔法がかなり安定するようになったのだ。

二人を振り返り、ピースして見せた。

「やるじゃないか!」

「ふ、確かにこの前よりは出来るようになっているな」

素直に賞賛するグレイグと素直でないホメロス。それぞれ彼ららしい反応だ。
誉められてルーナはくしゃりと顔を崩し、えへへと照れながら後頭部を掻いた。このふたりに誉められるのは本当に嬉しい。幸せだ。もっともっと頑張ろうと思える。

「私、大きくなったら魔導士になって、二人と一緒にお仕事して、世界を回りたいな……」

スティックを抱きしめるように持ちながら、ぽつりと今の想いを呟くように言ってみた。まだまだ夢の段階でしかないけれども、いつか叶えたい。

「ルーナ!いいぞ!俺もルーナと任務を出来る日が楽しみだ!!」

「きゃっ!グレイグ、お髭やめてよ〜!」

ルーナの言葉を聞き、グレイグが感無量という風に勢いよく抱き締めてきた。最近生やしだしたらしい髭が顔にあたってくすぐったい。それが気に入らなかったらしいホメロスは目をつり上げて怒鳴る。

「グレイグ!ルーナに抱きつくな!」

「なんだ?ホメロスお前もルーナとハグがしたいのか?」

「バカか!俺がそんなこと……!」

グレイグの挑発に反射的に出た言葉なのだろうが、それに少し落ち込んだ。腕の中でしょぼんと眉を下げてホメロスを見る。

「……ホメロスは私とはぐしたくないの?」

悲しげな言葉を聞いたホメロスがぴしりと身体を固まらせた。その1秒後にはわなわなと身体を震わせーー

「そんなわけあるか!!」

ーー次の瞬間には大きな声で叫んでいた。
なんだかそれが面白くて、くすくす笑ってしまった。グレイグも面白がっているようだ。

「よかったぁ!じゃあはぐー!」

「……今日だけだぞ」

グレイグの腕から離れて、ぴょんとホメロスの腰に抱きつく。遠慮がちに背中に腕が回された。少し人よりも低い体温に包まれるのは心地よかった。

穏やかで平和な日常。そんな日々が大人になっても続いていくのだと子供のルーナは信じていた。


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