- ナノ -

32:大樹に願う
天候は悪化し、雷鳴が轟く。割れた窓ガラスから風が吹きすさんだ。誰も何も言わない。ルーナ自身も両手杖を握りしめて口をつぐんでいた。

魔の気配はもうすぐそこまで迫っている。心の中でカウントしながら、ルーナは静かに息を吐き出した。

「兵士達よ、ここに残ってくれた事を心から感謝する。そして間もなく始まるだろう戦いに全力を尽くそう。デルカダールに栄光あれ!!」

「「おおぉーーー!!」」

士気をあげるために声をあげる。ルーナに続いて兵士達も声を張り上げた。

バイキルト、スクルト、ピオリム等の補助魔法を予め兵士達に掛けて、自身は魔力解放をしておく。

「来たぞぉーーーー!!!」

見張りを任せていた兵士が叫んだ。その声に全員が武器を構え、前を睨み付けた。扉が蹴破られた瞬間に氷魔法を兵士と共に放ち迎撃する。

氷魔法をすり抜けてきた魔物を兵士が切り捨て倒していく。窓からも飛行タイプの魔物が侵入して、戦いは更に熾烈を極めた。
敵も能無しという訳ではないようで、後方で魔法を放つルーナを狙い襲いかかろうとしてくる。

がいこつ剣士が器用にも兵士の間をすり抜け、ルーナに襲いかかってきた。振り上げられた剣をバックステップで避け、すばやくメラガイアーを撃つ。特大の火の玉に飲み込まれ、がいこつ剣士は消し炭と化した。その骸を最後まで見ることなく、すぐさまそばの魔物に魔法を放っていく。

「なめるな!!マヒャデドス!!」

氷塊が辺り一帯の魔物を氷付けにする。氷付けになった魔物を兵士が回転切りで打ち砕き、止めを刺す。

初めの勢いこそ良かったものの、徐々に形勢は変わっていく。いくらルーナひとりが強かったとしても、たったひとりではカバーできる戦力も限界がある。

「ひぇぇ!!ブラックドラゴンだ!!」

ズドンズドンと地響きを鳴らし、黒いドラゴンが此方に向かってくる。逃げ遅れた兵士が1人ぐしゃりとトマトのように踏み潰された。赤色が辺りに飛び散り、鉄の臭いを撒き散らす。
ブラックドラゴンの登場にルーナ達は圧され、徐々に後退していく。ドラゴンが少し動くだけで城が簡単に破壊される。

「なんで、こんな敵が……!」

イオグランデを放ち、ドラゴンの動きを止めてから、そばで腰を抜かしてしまっている兵士を助け起こしてベホマを掛けた。

ぐぉおおおお──

怒り狂ったようにドラゴンは咆哮し、赤い炎が口から漏れる。この城内で火炎を吐かれては不味い。全滅させられてしまうかもしれない。

呼吸も忘れて、ただ魔力を練り上げて叫ぶ。

「ザラキーマ!!」

即死呪文を唱えたのはもはや賭けだった。当たらなければ死ぬ。闇をまとった骸達が魔物の魂に食らいついた。

今にも吐き出されそうな炎が消え、ドラゴンがその重たそうな身体を地に沈めた。

「やった……!」

ドラゴンを含め、複数の魔物が即死魔法によって倒れた。少しだけ盛り返せたと安堵する。しかし、それも一瞬の喜びでしかなかった。

「ンフフフ。素晴らしい魔法だ」

鎧を軋ませ、影から表れたのは骸骨の騎士だ。不気味な笑い声を発しながら、こちらにゆっくりと向かってくる。右目には紫色をしたガラス玉が埋まっていて、どす黒い闇のオーラを放っていた。

「我は屍騎軍王ゾルデ。闇を愛し、光を憎む者……」

骸に表情など無い筈なのに、にたりとゾルデが笑ったような気がした。冷たい汗が背筋を流れる。

ゾルデの影が歪み、二つに増える。影が実体を持ち、闇をまとったゾルデが表れた。

「さぁ、闇に呑まれよ」

先程のドラゴンよりも明らかな強敵の出現に血の気が引いた。けれどやるしかない。ルーナは魔力を杖に込め、魔法を放った。

兵士がひとり、またひとりとゾルデの攻撃に倒れていく。辺りが鮮血に染まる。玉座の間まで後退させられていた。倒しても倒しても一向に敵は減らない。それどころか増えていく。
何度も上級の魔法を使うがそれでもまだ足りない。味方への補助魔法、回復魔法をしながらも、攻撃の手は休めることなく続ける。魔法の聖水の小瓶を一気に煽り、投げ棄てた。
疲れで敵の攻撃を避けきれず、切り裂かれた傷口から血が流れる。

まだだ、まだ、やれる。
せめてグレイグかホメロスが戻ってくるまでは持ちこたえなければ。

「イオグランデ!」

杖を掲げ、魔法を放つ。光の球が弾け複数体の魔物が消し炭になった。頭上から兵士を狙うドラキーをバギで撃ち落とす。

ゾルデはもう目の前に迫っていた。影を潰しても、再び産み出され牙を剥く。影が此方に迫り剣を振るってきた。

杖で剣を防ぎ、次の攻撃が来るより前にイオグランデをぶつけて影を消す。次から次へ襲いかかってくる魔物に足元がふらつく。


──ルーナ様!!!


悲鳴のような叫びと空を切る音。
赤が飛び散った。

「ごぶ、じですか……ルーナ、さま……」

「あ、あぁ……」

ぐしゃりと倒れるハーマン。血飛沫がルーナに降り注ぐ。赤く染まる視界に呆然とした。
いつの間にか味方側で立っているのはルーナだけになっていた。後はすべて敵ばかり。
絶望しかなかった。それでも諦めるわけにはいかなかった。もうここで引き下がることはできなかった。

クツクツ笑うゾルデに魔力を練り、杖を掲げ、魔法を放つ。例えそれがどんなに無謀な事であっても。

「ギラグレイド!」

もう後退は出来なかった。追い詰められている。嗤笑を浮かべるゾルデが憎らしい。

「ンフフフ。もうおしまいですか?」

「負けるものか……!まだ……!!」

敗北から目をそらし、悪態をつく。近づいてくるゾルデに杖を振り回し、距離をとろうとするが意味はない。

「……メラっ!」

「おや?何かされましたかな?」

なけなしの魔力を練り、メラを唱えたがゾルデにはダメージにすらならず、ゾルデは可笑しそうに首を傾げた。周りの魔物が成り行きを見て、ケタケタと笑う声が聞こえる。

もう間合いに入られている。ゾルデが剣を振るえば止めを刺されるだろう。

「そろそろ貴女も闇に誘って差し上げましょうぞ」

助けを求めるかのようにタイタニアステッキを取り出し握りしめた。助けてとここにいない二人の名を心で叫んだ。目の奥が熱くて、戦場だというのに涙が溢れそうになる。

ゾルデが剣を静かに振り上げる。
周りの魔物もその瞬間だけは笑うことをやめ、無音になった。

もう避けるだけの力も、魔法も出せない。振りかざされる剣を最後まで見るのを諦めた。涙がにじむ瞳を閉じて、願う。

どうか命の大樹よ……今度生まれ来るときも、あの方と同じ枝に葉が付けれますように。


──鈍い音が、響いた。


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