- ナノ -

31:思い出に誓って
あらかたの指示を出し終えたあと、ルーナは自分の部屋に戻っていた。ルーナの部屋も窓ガラスが割れて散乱し、悲惨な状態だ。強風がカーテンを煽り、机においていた書類の束を拐っていく。
腕で顔を庇いながら、部屋の奥のチェストに近づき、一番上の引き出しを開けた。白い柄に青い蝶が付いた古びたスティックを取り出す。

「グレイグ……ホメロス様、必ず帰ってきて……。それまでデルカダールは絶対に守るから……」

ずっと昔に貰った大切なものだ。辛いときにこれを見ればいつでも勇気をもらえた。タイタニアステッキを抱きしめるように持つ。成人祝いに、と両手杖を貰ってからは傷ついたりしないようにずっとチェストに大事に仕舞っていた。震える手に気づかない振りをして、タイタニアステッキを腰につけた。

デルカダールの運命は今ルーナに掛かっている。気持ちを落ち着けて、エントランスへ向かった。

エントランスにはすでに兵士や街の人々が集まり、誰もが顔に不安や怯えた色を見せている。ルーナの姿を見たハーマンが駆け寄ってきた。

「市民は集め終わりました。回復薬は階段脇に置いております」

「わかった……ありがとう」

「ルーナ様、どうするおつもりですか?」

「……今から説明するわ」

手の震えを力をいれて握り潰した。階下の民衆を見下ろし、深呼吸をひとつしてから口を開く。

「冷静に聞いてほしい。恐らく今世界は滅びそうになっている。そして、このデルカダールを目指し、魔の軍勢が押し寄せている」

目を閉じると確実に此方に近くなった魔の気配に心が恐怖に震えた。

「私は城に残り迎撃する。デルカダール宮廷魔導士の名に懸けて私はこの玉座を……国を守る……私と共にここに残るのならば命の保証はしない」

民衆がどよめく。そのざわめきよりも更に大きい声で続けた。

「死にたくない者はイシの村と町の人を率いて城の地下通路からデルカダールを出なさい。その代わり必ず守り通して」

俺は嫌だ、や、そんな……なんていう兵士の困惑が聞こえる。国のために戦うか、自らのために生きるか。どちらを選択してもルーナは責めるつもりはなかった。
我ながら無茶苦茶な選択肢だ。ルーナが下っ端の兵士なら間違いなく後者を選ぶだろう。

「私はルーナ様と共に戦います」

「いいの?死ぬかもしれないわよ」

「ルーナ様にばかり辛い思いはさせられませんから……」

「……ありがとう」

そばに控えていたハーマンの言葉に勇気付けられる。けれど申し訳なさもあった。ルーナのせいでハーマンは死ぬかもしれないのだ。

手すりを強く握りしめた。

「皆の者よ!心は決まった?どちらを選択しても私は責めはしない!もう時間はない!急ぐわよ!!」

そこからの動きは速かった。ありったけ集めた回復薬をそれぞれ分配し、市民護衛側の隊長に声をかけ、素早く城の地下通路へと向かわせた。
城に残った兵士は全体の4分の1程度だったが、それでもこれだけの兵士が居てくれるのかと驚いた。ルーナ様と慕ってくれていた若い兵士やデルカダールを愛する老兵。兵士達の顔を見ていると本当にこれでいいのかと自問してしまう。

「ルーナ様、どうぞ」

「私に回復薬は不必要よ。他の兵士に回して」

「魔法で私達の援護をお願いします。その為の魔法の聖水です。受け取ってください」

差し出された回復薬を受けとるのを渋っていると、無理やり手に持たされた。仕方なく受け取り、腰に付けている道具袋に入れる。

戦いは間もなく始まるだろう。妙に静かな城内が緊張を誘った。



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