- ナノ -

01:ふたりとの出逢い。
初めて彼らにであったのは5歳の時だった。

気付いたときにはもう身寄りがなく、グロッタの孤児院にいた。あまり裕福な暮らしではなかったけれども、沢山同じような子供がいたから寂しくはなかったし、勉強を教えてもらえる年長者もいてくれたから、それなりに幸せだった。本に興味があったから、文字を覚えてからは孤児院にある本は片っ端から読んだ。特に魔導書は好んで読んでいた。
いつか自分も絵本に書いてあるような魔導師になるのだと小さいながら夢を見ていた。

5歳の誕生日を迎えた次の日に、デルカダールの兵士が孤児院へきた。二頭の鷲の紋章を背中に着けた彼らは孤児院を物々しい雰囲気にさせた。
こそこそと物陰に隠れながら、院長と兵士の話に聞き耳をたてる。

「遠路はるばるこのような孤児院になんのご用でしょうか?」

院長の顔はほんの少し強ばっていた。

「ここに明るい茶髪で青目の少女はいないか?」

兵士の言葉にはっとした。
茶髪で青目。孤児院でその色彩を持つのはただひとりしかいない。

「茶髪で青目、ですか……いますが、その子がどうしたのですか?」

「デルカダール王がその少女を引き取りたいと申された」

それはつまりこの孤児院から出る、ということを幼いながらに理解した。唐突な申し出に院長は戸惑いながらも頷き、辺りを見回して私の名前を呼んだ。
名前を呼ばれたら出ていくしかない。呼ばれなくても、逃げ回ったとしても、デルカダールに行く運命はきっと変わらなかっただろう。

物陰からそっと姿を見せると院長は私の両肩を掴み、兵士の前に押し出した。

「この子がその外見に合う少女ですが……本当に彼女をデルカダール王が引き取りたいと仰ってるのですか?」

「事実だ。彼女を引き取りたい」

「わ、わかりました」

頭上で行われるやりとりを私は無表情で見つめていた。金属音がする巾着袋が院長の手に渡る。嬉しそうな院長の横顔を見ていたら、手を引っ張られた。孤児院の友達に別れの言葉を言う暇もなかった。

それからはあっという間だった。
馬に乗せられて、グロッタの町は一瞬で小さくなった。何度かキャンプを経由したのは覚えている。

デルカダールはグロッタよりずいぶんと大きな街だった。街の周りをぐるりと城壁が囲われており、モンスターが簡単には入ってこれない作りになっている。
正面には大きな城がそびえ立っていた。今から向かうのはあの場所なのだろう。

少し怖かった。王様がどうして私を求めているのかもわからない。孤児院には私以外にもたくさん子供がいたのに、その中で私が選ばれた理由は何なのか。答えはあの城の中でわかるのだろうか。

たくさんの疑問を抱えて、兵士に城へと連れられた。

城は近くで見るとより壮大で圧倒された。
中も外と同じように絢爛豪華で、きょろきょろと見回してしまった。床に敷き詰められた赤いフラシ天、あちこちに置かれた調度品ひとつもキラキラと輝き、高貴で美しい。生まれて初めて見たそれらに夢の中に迷い混んでしまったかのような錯覚を覚えた。

階段を上がり、奥へ進む。
両脇に兵士が立つ大きな扉の前で、兵士は立ち止まり、そして振り返った。

「この部屋にデルカダール王がいらっしゃる。粗相のないように」

こくりと小さく頷く。
大きな扉がゆっくりと開かれた。兵士はいつの間にか自分の背後へと移動していた。

まっすぐ真正面の少し高い位置にある椅子に座る白い髭を携えた男と目があった。あれがデルカダール王。足がすくんだが、兵士に背中を押され、おっかなびっくりしながらも王の前へと進んだ。

なにか言わなければと口をパクパクするが緊張からか言葉がでない。

「そのように緊張せずとも良い。まずはお前の名前を聞きたいのだが、良いか?」

「えぇと……ルーナ、です」

穏やかに微笑むデルカダール王に少しばかり緊張が解れた。おずおずと名乗る。

「ルーナ、か。良い名だ」

自身の名前を誉められて、思わず笑みが漏れた。

「ルーナよ。ワシは先日夢を見たのだ……茶髪で青目の少女を助ければデルカダール王国の繁栄の力となる、と」

「私が、デルカダールの……?」

繁栄の力など、自分にそんなことができるのだろうか。とてもだがそうは思えなかった。兵士のように強くもなく、学もなく、なにもできない自分がそんなのあり得ない。

「国の繁栄などと大きな事を言ったが気にするな……お主には我が娘マルティナの良き友になってほしいのだ」

ちょうどお主と同じ年頃でな、とデルカダール王は顎髭を擦りながら目を細めた。王の娘と友達になるくらいなら私にもできるかもしれない。内心で安堵した。

「そしてこのデルカダールで勉学を学び、あらゆる事を吸収し、グレイグとホメロスのようにデルカダールの力となってほしい」

そこで王以外にも人がいることに気付いた。金髪の髪を後ろで束ねた青年と、藤紫色の髪を後ろに撫で付けた青年が玉座の脇に控えている。

「グレイグ、ホメロスよ。これからルーナのサポートを頼む。わからぬことも多かろうからな」

「は!了解しました」

二人は頷き、ルーナのそばへ歩み寄ってきた。二人ともルーナよりも一回りほど大きい。かなり見上げなければ、顔を確認できないくらいだ。

「俺はグレイグだ。よろしく頼む」

「ホメロスだ」

グレイグが少し腰を屈めて手を差し出してくれた。その手をそっと握ると優しく包み込まれた。とても温かかったことを今でも覚えている。

紫髪がグレイグで金髪がホメロス。心の中で名前を忘れないように復唱した。

謁見の間をグレイグに手を引かれて退出する。こんなに年齢の離れた人とは孤児院の院長くらいしか話したことも接したこともないから先程とまではいかないが緊張する。けれど、繋がれた手から伝わる温もりは何よりも優しい温かさだった。

部屋につくまで誰もなにも話さなかった。
謁見の間からやや離れた扉の前でグレイグは立ち止まった。

「ルーナ、ここが君の部屋だ。今日から自由に使っていい」

「私の部屋……」

おずおずと扉を押し開けて、部屋に入る。
中は孤児院と比べ物にならないくらい豪華だった。キラキラ輝いて見えた。

「わぁ……」

ふかふかのベッドにワックスがしっかり塗られたツヤツヤの机、たくさん本が詰め込まれた本棚、大きな暖炉、他にもーー
これが、こんな、素敵な部屋が自分の物だなんて夢みたいだ。思わず、感嘆の声が漏れる。

「何か足りないものや、困ったことがあったら俺かホメロスに声をかけろ」

「……あんまり俺を頼りにするなよ」

親切なグレイグに対し、ホメロスはあまり優しくないらしい。ふんとそっぽを向くホメロスにグレイグはこら!と怒った。
そんな二人を見ながらルーナは恐る恐る口を開ける。

「あの……私、わからないことたくさんあるけど……これからよろしくお願いします」

「ルーナ、よろしくな」

「……あぁ」

にこりと笑うグレイグとそっぽを向きながらも頷いてくれたホメロス。この二人に会えたのはきっと運命だった。


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