君のためなら
今エイダがしている研究も終盤に差し掛かってきた。
最近はとても忙しい。僕も徹夜を繰り返しているため、鏡で見た自分の顔は酷いものだった。
それでもエイダが頑張っているんだから僕だけ休むわけにもいかない。
眠気をコーヒーで飛ばし、必死で研究に勤しんだ。
少しの休憩を取るために、僕は研究室を出ていた。
手には眠気覚まし用のブラックコーヒーがある。苦いそれを口に含み、僕は顔を顰めた。
しかしコーヒーを飲んでも蓄積された睡眠不足は多く、眠気が取れない。
くぁ、と大あくびをして僕は廊下に置かれている長椅子に座り込んだ。
目を閉じるとすぐにでも夢の世界に飛びたちそうで、僕は瞼が落ちそうになるのを耐える。
通り過ぎるのはジュアヴォばかり。エイダ以外の人間に喋ったのは何日前?考えなければ分からないくらい人間と話していない。
別に大した問題じゃないけれど、何だか淋しい。ヴェントだってちょっと狂ってるかもしれないが腐っても人間だ。
ここの研究員が彼女じゃなければヴェントはとっくの昔に研究を下りていた。
彼女だからこそ僕はここにいる。
彼女だから僕はずっと付いてきた。
どんなに人道に反した狂った研究でも僕は……。
ふ、と意識が揺れた。
誰かが肩を揺すっている。
「……ヴェント、起きて」
「カー……エイダ……どうしたの?」
瞼を上げると視界一杯に彼女が広がった。
一瞬名前を呼び間違えそうになったが、すぐに言い直す。
目の前の彼女は気を悪くした様子もなく笑顔だ。
「貴方に頼みたい事があるの」
にこにこと彼女は続けた。
「実験体になって欲しいの」
僕は何を言われたのか、すぐに理解する事が出来なかった。
硬直した僕に彼女は再度同じ言葉を繰り返す。
そして更に言葉を付け足した。
「貴方こそ、私の最高傑作に相応しいわ」
ずっと決めていたの。貴方がこの研究の実験体って。
心が震えた。恐怖?歓喜?狂気?狂喜?どれが正解なのか、僕には分からない。正解などなかったのかもしれない。
彼女は僕の手を取り握り締める。ウイルスの影響か、人間にしては高すぎる温度が僕の手を温めた。
温かさを感じながら、僕は緩やかに口元を上げた。
勿論、エイダの為なら――。
君のために死ねるなら、とても素晴らしいと思えるの。
どんな死に方でも、幸せだって笑って見せるよ。
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