- ナノ -




幸せの空間


あの日から、エイダは少し変わった。
やけに実験に打ち込むし、何だかどこかヴェントに対する態度がよそよそしい。
訳も分からない。だけど、研究は毎日続くため、毎日彼女と顔を合わせなければならない。

彼女の研究は日を追って、とても酷くなってきた。
実験体を作るために誘拐なんてざらで、時には部下を実験体にする。
そのため彼女の部下はころころと顔ぶれが変わった。僕を除いて。
彼女は僕だけ、実験体にしなかった。理由は知らない。

けれど、もしかしたら。期待してもいいですか。
貴方の中にカーラが残っているんだって。

何かしてる。ってのは気付いた。でも、僕はそれを止めなかった。
いつの間にか気付けば研究所内はC-ウイルスを打ち込まれた"ジュアヴォ"ばかりになっている。
複眼を隠すための変わった模様の仮面を貼り付けた男が僕の横を通り過ぎていく。
ぎょっとするが、彼らは僕に攻撃を仕掛けてこない。当然といえば当然だが、今にも剣やら銃を撃ち込んできそうで怖い。

今日も今日とて、誰かが死んで行く。使われた人間は人知れずどこかへ葬り去られる。

研究室に入り、自分のデスクに座る。パソコンの電源を入れた。青白い光りを放って、デスクトップが立ち上がる。
いつものようにキーボードを打ち、研究結果を記入していく。慣れた手つきだった。
数行を記入したところで研究室に彼女が戻ってきた。疲れているようで、目の下にはクマが出来ている。
僕が彼女を見ていると、彼女は頭を振ってから僕に柔らかく微笑んできた。

だから僕もそれに笑顔を返す。

壊れている。狂っている。何かが。
いつ壊れたのか、もしかしたらもうずっと前からかもしれない。

「エイダ、おかえり」

「それ、何回目かしら……でも、何だか嬉しいわ」


――ただいま。


この暖かな空間が狂っているなんて、思わないよ。
僕はただ、貴方といたいんだ。



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