- ナノ -




アンハッピーバースディ

隠すように作られた地下の研究室。
シモンズと僕ら研究員はひとつの蛹をじっと見つめていた。
蛹、と言っても虫ではない。人間の、蛹だ。ヘドロのような澱んだ緑色をしたそれは丁度人が体育座りをしたような形だ。
あれがカーラだ。しかし、実験体となった彼女をカーラ、と呼ぶ者は誰もいなかった。
まるで、カーラ、という研究者が元からいなかったかのように扱っていた。
なんて酷いんだ。たとえそう思っていても、僕はそれを口に出せない。なら結局僕も、こいつらと同じ、なんだ……。

カメラが回され、今か今かと研究員達は待っている。
そんな中、僕は一人顔を俯け、手元のクリップボードに視線を向けた。
難しい記号や単語が並ぶそれらは全て、目の前のそれに関する事だ。

何も見たくなくて目を閉じる。

何分、そうしていただろうか。
不意にピキ、ピキ、という音が無音の空間に響いた。
そっと瞼を上げ、ライトに照らされたそれを見つめる。カメラを担当していた研究員が素早く録画ボタンを押していた。

蛹の背中の部分が縦に裂け、そこからどろりとした分厚い粘膜に覆われた身体がゆっくりと出てくる。
身体が震えた。目が離せない。上半身ほどが出たところで粘膜が弾ける様に破れた。
液体を飛び散らせながら、女性の身体が露になった。黒い髪、しなやかな身体……カーラではないそれに、僕は目を細めた。
バランスがくずれたため蛹が横転し、彼女は蛹の中から滑るように飛び出す。

彼女は暫く俯いていたが、やがてゆっくりとカメラのほうを見た。
もうカーラの面影は彼女にはない。まったくの別人。アジア系の顔、アジア系の目と髪の色。
カメラが切れたところで、ヴェントは彼女の傍へ駆け寄りバスタオルで身体を包ませる。
黒曜石を埋め込んだような瞳がヴェントの顔を写した。

エイダ、エイダ・ウォン。それが、この身体の名前らしい。
逢った事もない人物だけれど、僕は憎まずにはいられなかった。

一瞬顔を歪め、僕はそれから笑顔を浮かべ彼女に声をかけた。

「初めまして、エイダ」

彼女はそれに何も返さなかった。
それでも、僕はただ笑顔でその顔を見つめた。

僕は今でも、君の事が    。
貴方は僕の事を覚えてくれていますか?


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