- ナノ -




遠いあの日。


研究に研究を重ね、私はC-ウイルスというTやGに次ぐ新たなウイルスを発見した。
T-ウイルスでは感染者の人体の劣化が激しく"兵器"として使い物にならなかったがこれは違う。
さらに直接体内に打ち込めば、ゾンビになる事無く身体の強化もできる。
複眼が出来てしまうのは、些か問題があるけれどそれを除いたって使えるウイルスだ。

このウイルスが出来たのは彼のあれを見たからだ。
あのきっかけがなければ、きっと私には出来なかった。

素晴らしい!と皆に誉められる。けれど、少しだけ罪悪感が胸の中に居座る。
ちらり、と横目でヴェントの姿を盗み見た。自らの研究成果を盗られて怒っているかも知れない。
恐々とその顔を伺った。

「……凄いね、カーラ」

予想外だった。皮肉ではない、目まで笑っているそれを私は凝視する。
穴が開くほどに見つめるとヴェントは困ったように笑みを浮かべた。
ぐしゃり、罪悪感で心が押しつぶされる音がした。ああ、なんて事をしてしまったんだろう!
本当は本当ならば、賞賛の声を浴びるのは私ではなくヴェントだったのだ。間違いなく。
ヴェントの全てを私は私が上へ行くための踏み台にしてしまった。

無意識のうちに、手を握り締めていた。
元々白い手のひらに赤い色が付く。

「カーラ」

とん、とヴェントの声が鼓膜を叩いた。柔らかいその声はいつもと変わらない。
怒りも、憎しみも、含まれてなどいないのに、私はとても怖かった。
俯いたままの私の視界に、草臥れたスポーツシューズが映りこむ。

そして手が映り、それは私の手をそっと握り締めた。
低い体温が握り締めた私の手から伝わる。

「気にしないで、カーラ。僕ではきっと無理だったから」

そんな筈ない。反論しようと開いた口は何の音も発さなかった。
優しい笑みで、ねぇ笑わないで。許さないで。私の心が壊れてしまいそうなの。

強く握り締めた指を一つずつヴェントは緩めて、解いていく。

「僕はね、     よ」

「え、何?」

はっきりと聞こえなかった。聞き返したがヴェントは答えなかった。
緩やかに笑みを浮かべるだけで、何も。

「これからも、一緒に頑張ろうね」

――カーラ。
とん、と胸のどこかが弾んだ。
貴方となら、研究をしてもいいかもしれない。

そう思った遠い過去。




top