あなたとの出逢い
彼は不思議な人だった。
私がこの研究所に入るよりも前にいるのに、先輩研究員の雑用ばかりをしていた。
単に馬鹿なだけだろう。私はそう深く考える事もなく、先輩と同じように彼に雑用を押し付けた。
後から入ってきた私の押し付けにも、彼は嫌な顔一つせず、ただ淡々と雑用をこなしていた。
彼を見て思ったこと。要領は良い方で、人の事をよく見て良く動く。助手としては間違いなく有能だった。
しかし彼は研究員であり、助手ではない。彼を顎で使っていい理由はない。
ふ、と気がついた事がある。
雑用の合間、時折彼が青いA4サイズのファイルを真剣な目で見つめている。
何が書いてあるのか、此方からは見えなかったが彼の真摯な横顔に興味が出た。
そうしてある日、私は彼に声をかけたのだ。
「ねぇ、ヴェント」
「あぁ……何かな、カーラ」
彼――ヴェントはゆっくりと顔をあげ、私を見てにっこりと笑う。
ヴェントはとてもよく笑う。雑用するときも、いつでも、どんな時でも笑っている。
流石に研究している時は笑っていないけれど、それ以外はいつ見ても笑顔だ。
嫌みったらしくない、優しげな笑みが私は嫌いじゃない。
「そのファイル、何が書かれているの?」
ファイルを指差し、尋ねるとヴェントはきょとんとした顔をしてから、くす、と笑ってファイルを差し出してきた。
どうやら読んでもいいらしい。私はファイルを受け取り、少しドキドキしながらファイルを捲った。
驚いた。
とてもとても。
どうしてこの人は雑用ばかりしているんだろう、と疑問に思うくらいに、その中身は素晴らしい物だった。
目を見開く私にヴェントは立てた人差し指をそっと口の前へ持ってきて、ウインク一つ。
「皆には秘密、だからね」
お茶目に笑うヴェントに私はただただ頷くしかなかった。
top