- ナノ -




気づかない振り



タァン。
鋭く、乾いた銃声と共に鉛弾が私の胸を貫いた。赤い液体が私の身体から流れ落ちる。
私に銃を突きつけていたBSAAの二人がぎょっとしたように目を見開いている。
それを私を一瞥し、息を深く吐き出した。

「もう、遅いわ……」

ふわりと身体を後ろへ倒す――何もない空間に。
重力に引かれて私の身体は下へ下へと落ちていく。黒い空が眼前に広がる。
空を仰ぎ見ながら私は目を細めた。

私が死んでも、後に残る彼らが世界にウイルスをばら撒いてくれる。私の望む世界を創ってくれる。
それに私はまだ死なない。死ねない。だって、彼に返事をしていないから。
今はまだ私の研究室で眠っている彼。きっと素敵に変貌を遂げているんだろう。

思わずにまりと口元が上がった。
隠し持っていた強化型のC-ウイルスの入った注射器を素早く首筋につきたてた。
ぷつりと皮膚が破れる感覚がして、液体が中に入ってくる。

慣れた感覚だ。恐怖はない。

じわじわと広がる感覚に私は目を閉じた。
もう少しで地面だ。長くて短い時間。

ガッ――

意識が途切れた。


止まっていた鼓動が再び動き出す。強化されたC-ウイルスが私の身体を再生したのだ。やはりこのウイルスは素晴らしい。
ビクビクと身体が再生の反動で痙攣する。

気に食わない声と足音がすぐ傍まで来ている。
自分と同じ声、口調。見なくてもすぐ分かった――ニセモノのエイダ・ウォンだ。

ぐちゃぐちゃと身体が爛れてくる。
白濁色の粘性のある液体が私の身体からぬるりぬるりと飛び出して、それは徐々に増えていく。
ゆっくりと私は立ち上がり、目の前の女を睨み付けた。

「何故、ニセモノに助けを請うの?」

――私が本物のエイダ・ウォンよ!
本当は、気付いていたのよ。ねぇでも、エイダ・ウォンとして生まれ変わったのだから、私はエイダ・ウォンなの。
だからニセモノは消さなくちゃならない。同じ人間は世界に二人も要らない。

ぐちゃり、ぐちゃり。白濁色の液体は私の身体を濡らして、更には辺り一帯に広がった。
それらは私の意志で動くらしい。この変化は予想外だったが素晴らしい力だ。

「もうすぐ全てが崩壊する……!これまで人類が安定のために築き上げたもの全てが!」

にやりと笑うとニセモノは無表情でマシンガンを持つ手に力を入れた。
私はそれを興味なさげに一瞥して、ニセモノに問いかけた。

「その後に残るものは何だと思う?」

ニセモノは何も答えなかった。悲痛な表情で此方を見つめるだけ。
心の中で私は嘲笑し、大きく手を広げて答えた。

「何もないわ!」

永遠に安定しない世界……地獄よ!
そして私はどろりととろける感覚に全てを委ねた。
白濁色の液体と私の身体は一体となり、人の身体は完全に消えた。

あたりを見回すニセモノに私はせせら笑い話す。

「そこは私が支配する世界!このエイダ・ウォンが!」

白濁の液体を操り、私はニセモノに襲い掛かる。
ニセモノは建物内に逃げ込み、私の攻撃を防いだけれど建物に逃げたって無駄。
私の身体は液体なのだ。少しの隙間があれば内部へ侵入することが出来る。

ぬるりと私は身体を動かして建物の中へ入り込んだ。




top