- ナノ -


クリスとの再会:02





クリスと合流し、二人で館内を調査する事になった。
しかし、この広大な館はそう簡単には調査できなかった。何故なら鍵の掛かった部屋が多く、それも一種類の鍵では全部の部屋を回れない。
確か、剣、鎧、盾、兜……それから普通の鍵の5つがあったはずだ。広い館だから普通といえば普通なのかもしれないが、そこはかとなく面倒だ。
マスターキーが欲しくなる。

「駄目だ……開かない」

ノブをガチャガチャと回しながら、クリスが言った。
キーホールには剣のマークが記されている。とにかく館を回るには鍵がなければ、どうにもならない。
クリスの後ろにいた瑞希はげんなりとした表情でああそう、とやる気なさげに頷いた。

「ミズキ、キーピックとか出来ないのか?」

「無理に決まってるだろ。そもそも道具がないし」

手先が器用ではあるが、キーピックなんてそう易々と出来るものではない。ジルなら出来るかもしれないが、瑞希にはとても無理だ。
それにキーピックには特殊な道具が必要だ。一般人がそんな物を持っているわけがない。
クリスの無茶振りに肩を竦め、瑞希は首を横に振った。

「そういえば、こんなの見つけたんだが……」

「……あ?それって……」

クリスが腰のパウチから飛び出していた棒状の物を突き出してきた。
ランプの明かりに照らされキラキラ光っている。黄金の矢だ。鏃はエメラルドグリーンをしており、美しい輝きを放っている。
確か鏃がこの館のトラップを動かすための道具だったはずだ。はて、どこだったか。

「何か知ってるのか?」

「うぅん……多分。使えそうな場所があった筈だ……」

思い出そうとして頭を捻る。
どこか……外だった気がする。きちんと覚えてはいない。
何せ館に入ったのは数年前。それも館内を一通り見て回っただけで覚えれる訳がない。

そう、あれは……墓地だった筈。ぼんやりと脳裏に浮かんだ映像に俺はゆっくりと思い出す。
墓地への道は――……ホールの中央階段の所だった。館の地理がぽつぽつと記憶の底から掘り起こされる。

「ホールの階段の所から行けた筈だ」

行くぞ、クリス。瑞希が歩き出すと、クリスも小さく頷きその後を追う。
無音だからだろうか、無意識のうちに忍び足になる。奴らの気配を探りながら、慎重に進んでいく。
キィ。ホールへ続く扉が軋んだ音を立てた。ノブを回し、向こう側の気配を探りながら開けた。

「誰もいないな……皆どこへ行ったんだ」

ホールはがらんとしており、ジル達はおろかゾンビの気配すらもない。
クリスは肩を落としながらぽつりと呟いた。アルバートはともかく、ジルとバリーはこの館内を探索しているのだろう。
二人一緒にか別々にかは分からないが……。ここで立ち止まっていても仕方がないため、瑞希は目的の場所を目指す。

中央階段の中ほどにあるドアを押した。
冷やりとした風が瑞希の頬を撫でる。それに瑞希は身震いしながら、細心の注意を払って外へ出た。
森の中だからだろうか、土と木や湿った苔のような匂いがする。それに混じって僅かに饐えた臭いもする。
ぽつぽつと雨が頬を濡らした。見上げると真っ黒い空から大粒の雨が降り注いでいる。土砂降りの雨ではないが、視界を悪くするには充分だった。
隣にいたクリスが顔にへばりついた雨粒を鬱陶しげに乱暴に拭っている。

「嫌な天気だ……」

「全くだ」

衣服が雨にぬれ徐々に重くなってくる感覚にうんざりしながら、瑞希はハンドガンを握りなおし先へと進む。
てちゃ、てちゃ、と一定のリズムを刻む、ずぶ濡れの足音に瑞希とクリスは顔を見合わせた。

「お出ましだぞ、クリス」

頼んだ。そそくさとクリスの背後に移動する。射撃能力ならクリスの方が上。
無駄弾を使わないためにも上手いほうが撃ったほうがいい。
ぐ、と親指を突き上げて笑うとクリスが一瞬呆れたような顔をして此方を見たが、目の前の敵を殲滅するほうが先だと考えたのかすぐに視線を前へと戻した。

タァン――

見事にゾンビの眉間を貫いている。神経を潰されたゾンビはぐしゃりと倒れこみ、雨水と血の混ざり合った飛沫を上げた。
ゾンビが動かなくなった事を確認してから瑞希達は墓地の奥に歩き出す。
荒れてごつごつした感覚を足の裏に感じつつ、一番奥の周りの墓より一際大きな墓の傍へやってきた。
墓には弓矢を持った天使が掘り込まれている。丁度鏃の部分が窪んでいる。

「ここに鏃が嵌めこめそうだな」

クリスがその凹凸を触り確認してから、先ほど取った鏃を窪みにはめ込んだ。大きさも丁度だ。
カチリ。何か歯車が合わさるような音が響く。数歩墓から離れると同時に低い地響きを立てながら墓石がスライドした。

「驚いたな、こんな所があるなんて」

「墓石の下に隠し部屋なんて趣味悪いな……」

墓石の下には階段があった。下へと続く階段だ。その奥を眺めながら、クリスは感心したように言う。
急な階段をうっかり躓かないように慎重に下りた。突き当りを曲がると棺桶の吊り下がった小部屋があった。
壁につけられたランタン代わりらしい火が揺らめきながら辺りを照らしている。
ゾンビはいないようだ。辺りを見回し、敵がいない事を確認すると瑞希は銃を降ろして部屋を調べる。
頭上に取り付けられた大きな歯車が回転するカタカタという音が響いていた。

「……気持ち悪い面だ……」

壁の丁度自分と同じ目線の高さに細かく彫られた石造の顔が二つある。
一方は目に穴が開いており、もう一方は鼻が抉られたようになっている。何を意味するのかは分からないが気味が悪い。

「おい、ミズキ!こっちにきてくれ!」

瑞希とは反対側を調べていたクリスが声を掛けてきた。
片手にはコバルトブルー地に銀の装飾がされた厚めの本が掴まれている。
小走りで駆け寄りその本を受け取り、眺める。

「……呪いの書?」

タイトルはそう記されている。何だか嫌な感じだ。
裏返し、背面を確認すると金色の鍵がはめ込まれている。キープレートには剣のマークが描かれている。
はめ込まれた鍵を取り、クリスに渡した。

「それで剣の紋章が書かれている鍵の部屋に入れるはずだ」

「ああ、分かった」

クリスは受け取った鍵をタクティカルベストのポケットの一つへしまいこむ。
その一連の動作を眺めてから瑞希は呪いの書の留めを外し、中身を見る。
分厚い本の一番前のページを見た。真っ先に目に付いたのは手書きの文章だった。
タイトル下のスペースに書かれている文字を指で辿りながら読む。

四つの仮面、すなわち、
口無き仮面
鼻無き仮面
目無き仮面
三つ全て無き仮面

全ての仮面が揃う時、
災いは再び蘇る。

「……どういう意味だ?」

「さあな……嫌な文章っつーのは分かるが……」

本の中身を流し見してから本を閉じ、クリスに返す。とにかくこれが示している事は仮面を四つ集めろって事だ。
最後の文章の意味が気になるところだが、とりあえず今は仮面も何にも無いのだからどうしようもない。
ここの調査を切り上げ、俺達は地上へと戻る事にした。





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