- ナノ -


森の奥の洋館:01






あれから程なくして館の前へたどり着いた。一度もケルベロスに会わなかったのは奇跡としか言いようがない。
冷たい取っ手を掴み扉を押し開け、身体を中へと滑り込ませた。
落ち着いたシャンデリアの光源が屋内を怪しく照らしている。
館の隅々まで敷き詰められた大理石に、フロントドアから階段までには深紅の豪華なフラシ天のカーペットが敷かれている。
絢爛豪華なそれは廃屋にしておくにはあまりに勿体無いくらいだった。奴らとアンブレラさえいなければ、是非ともここに住みたいくらいだ。

それはさて置いて、このホールをぐるりと見回す限り奴らはいない。
外のケルベロス達も扉を開けて入ってきたりはしないだろう……誰かが開けたりさえしなければ。
とりあえず瑞希は安堵のため息をつき、のろのろと足を動かした。

色々ありすぎた。少し休憩するくらい、誰も文句は言いやしないだろう。
俺は階段の二、三段目に腰掛けた。ふかふかとしたカーペットは下手な椅子よりも座り心地が良かった。
無駄に金掛けてるなとどうでもいい事を考えながら、ハンドガンの弾を補充する。
待っていれば誰かがここに来るかもしれない。既に扉がロックが外れていた事を考えるともう館内にブラボーの誰かがいるかもしれない。
なら下手に動くよりも合流して協力した方が良い。

そういう結論に至った瑞希は階段に腰掛けたまま目を閉じた。


――ダァンッ!
強烈な音に瑞希はびくりとして瞼を押し上げた。うっかり眠ってしまっていたようだ。
寝ぼけながらもガンホルダーから銃を引っ張り出して構える。寝起きで霞む視界に三つの影が映る。

「ミズキ!?無事だったのね!」

聞き覚えのある声に瑞希は構えていた銃を下ろし、目を擦り視界をはっきりさせた。
ジルにクリス、バリー、そしてアルバートの四人だ。彼らがここにいるという事はアルファチームも出動したって訳だ。
しかし、ジョセフ、ブラッドの姿が見えない。ブラッドはヘリ担当だからヘリで待機しているのかもしれないが、それにしては変だ。
ケルベロスに襲われたのならヘリで逃げるのが一番安全だというのに、どうして態々、館までやってきたのだろう?
まさかブラボー同様にヘリが墜落する事はあるまい。もしもそうならヘリの整備の奴らに文句を言わなければ気がすまない。

「何とか、な……」

息を吐き出しながら、肩を竦めた。
ここに来るまでに散々な目に合いすぎて、もうこれ以上のトラブルは欲しくない。

「怪我は……それに他のメンバーは?」

「怪我はしてない。化け犬の返り血だ……他のメンバーは逸れたからどうだか……」

両肩を上げ、瑞希は頭を振った。
瑞希の答えを聞き、クリスとアルバートは苦い顔をする。クリスはともかくアルバートは白々しい気がしてならない。
一瞬だけアルバートに鋭い視線を浴びせてから、瑞希はところで、と口を開く。

「アルファのヘリもエンジントラブル?」

尋ねると全員が顔を顰めて瑞希から目を反らした。
その様子からどうやらエンジントラブルではないらしい。

「違うわ……」

「ブラッドが、な……」

「まさか……逃げた、とか?」

瑞希がS.T.A.R.S.としてあり得ないだろう予想を口にすると全員が沈黙した。
幾らへっぴり腰のブラッドでも仲間を見捨てるとは正直見損なった。思わず眉間を押さえ、ため息をつく。
場の空気を入れ替えるために、瑞希は再度質問を投げかけた。

「それで、ジョセフは?」

「ジョセフはあの化け犬に……」

ジルが緩く首を振り、視線を床に落とした。
殺された……みなまで言わずともジルの様子から理解できた。
奴らと同じになっていない事だけ祈ろう。仲間を撃つのは出来るなら避けたい。

その時だった。どこからか銃声が響き渡った。
全員の顔に緊張が走る。ブラボーの誰かが発砲したのかもしれない。

「……クリス、偵察して報告しろ、至急」

問題が起これば発砲しろ。アルバートの言葉にクリスは小さく頷き、銃を構えて銃声が聞こえた西側の扉の奥へ消えていった。
バタン、扉の閉まる音がホールに響いた。きっとクリスは奴らに出会うに違いない。
全身を腐らせて異臭を放ち、あちらこちらの皮膚が剥け内臓を腰にぶら下げているあの化け物達に。

沈黙に包まれるホールで、瑞希は何も言わずに歩き出す。

「ミズキ」

アルバートの制止に瑞希は軽く手を上げて、振り返らずに口を開いた。

「ホールを見て回るだけだ。どこかに行ったりしないよ」

ただ沈黙が嫌だったのだ。
向かい合わせで誰もが暗い表情。アルバートを除いての話だが……。どうにもこういう雰囲気は苦手だ。
階段横に置かれている小さなテーブルには古い型のタイプライターが置かれている。その横にはインクリボンも添えられていた。
何だかこの洋館にタイプライターは不釣合いで、何を思ってこの持ち主はこれを置いたのだろうと疑問に思う。

――タァン、タァン

先ほど同じくらいの距離だろうか、銃声が響いた。更に続けて二発、銃声が聞こえた。
ああ、出会ってしまったのか。心の中で納得しつつ、瑞希は何も言わずにアルバートの傍へ駆け寄る。

「ジル、お前が――」

アルバートが指示を言い切るよりも前にバリーが俺も行くと告げた。
バリーの発言にアルバートは暫し逡巡してから、頷く。

「行け、私達はここで待機している」

アイコンタクトをとり、ジルとバリーは小走りで東側の扉へ入っていった。





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