- ナノ -


牙を剥く獣:01






ハンドガンを握り、いつでも発砲できるように準備は万端だ。
調査を開始してから早一時間は過ぎただろうか、レベッカが破壊された囚人の護送車を発見したくらいで他にめぼしい物は見つかっていない。
護送車に乗っていた海兵隊員は全員惨殺されていたが、囚人であるビリー・コーエンの死体だけは見つからなかった。
そんな訳で任務に猟奇的殺人事件の調査と、新たに囚人捜索までもが追加されてしまった。

ただでさえやる気の起きない任務だというのに、妙なものまで追加されては瑞希の気分は既に最低どころかそれ以下だった。
はぁ……重いため息をつき、一度足を止める。周りを見回しても木、木、木……。鬱蒼と生い茂る木々は不気味だ。
単独行動のため別に瑞希が一人サボっていようとばれやしないだろうけれども、もはやこんな所まで来てしまったのだ。後戻りもクソもあったものじゃない。
何故一人なのかというと、囚人を探すためには全員が一所にいては意味がない。それに暫く探索しても大した発見もないという事でエンリコはチームを散開させた。

何かあったら銃で合図をする、との事だが先ほどから何の音もしない。
虫のさざめきすらも聞こえない。先ほどから聞こえる音といえば、さくさくと草を踏みしめる自分の足音くらいだ。
暗闇が苦手なわけではないが、こうも無音だと気持ちが悪い。耳が変になってしまったような錯覚がする。

「……あーぁ……全くだ……」

気を紛らわせるように呟くが、何だか虚しくなったため瑞希はすぐに口を閉じた。
再び歩き出し、瑞希は不意に思い出す。

ヘリと……奴らには気をつけるんだな。

頭の中に響くアルバートの声に、ぶちりとどこかが千切れるような音を立てた。
……アルバート……ヘリに細工しやがったな……!心の中で悪態づくとどこかでアルバートがせせら笑う声が聞こえたような気がした。
怒りのあまりに握り締めたハンドガンがギチと軋んだ。

ともかく荒れた心を抑えようと深呼吸を繰り返す。
三回目に息を吐き出した所で、何かの気配を感じ取り瑞希は目を細めて耳を欹てた。
がさがさと荒々しく草を掻き分ける音だ。

味方か、それとも敵か。
どちらであれ警戒するに越した事はない。銃を構え音のする方向を睨み付けた。
徐々に迫り来る音に心臓がトントンと早鐘を打つ。じわりと汗が額からにじみ出る。

実を言うと銃を撃つのはあまり得意ではない。反動が何度撃っても慣れないのだ。
マシンガンを撃とうものならぶれにぶれて射撃場の天井に穴を開けたのは記憶に新しい。
ショットガンを撃ち後ろにぶっ飛んで無様に転がったのも、そう昔の話ではない。
唯一的から外れずそれなりに撃てたのはハンドガンとマグナムだけだった。瑞希がハンドガンとマグナム以外の武器を持たないのはそう言う理由がある。

ガサッ、

草が大きく揺れ、黒い影が飛び出してきた。
ずるずるに剥けた皮膚に所々腐り落ちた身体の軍用犬のドーベルマンだ。
鼻に付く異臭に瑞希は顔を顰め、その犬を睨みつける。
もしもあれに一回でも噛み付かれ様ものなら感染は免れないだろう。

ゾンビ犬――ケルベロスは瑞希を品定めするように一定の距離を保って此方を伺っている。
T-ウイルスは人間が感染するよりも動物が感染する方が厄介なのだ。
脚力やその獰猛さ、人間よりも秀でるそれらはウイルスにより更に増し、脅威となる。

「……さっさと倒すに限る」

狙いを定めて戸惑いなくトリガーを引く。
こんな生き物は地球上にいてはいけないのだ。始祖ウイルスにT-ウイルス。それらを少しでも研究していた過去の自分を殴りつけたい。
早々に瑞希は研究を降りたがあの二人はまだ続けているようだった。まったく二人してバカばかりだ。
人を化け物にするウイルスなんぞ開発して一体何をしようというのか。世界征服だったらバカらしくて盛大に鼻で笑ってやりたい。

――タァンッ

乾いた破裂音が森に反響した。
しかし、ケルベロスはそれを自慢の脚で力強く跳ねて避ける。
中々に頭はあるらしいから面倒だ。素早くケルベロスに照準を合わせて撃つ。

「ッチ……」

が、またも避けられた。俊敏な動きでケルベロスは銃弾を避ける。
ただでさえヘリがやられて弾が無いのに、無意味な消費は勘弁して欲しい。うんざりとしすぎて無意識のうちに舌打ちが出た。
苛立てば苛立つほど狙いが疎かになるんだぞ、と自分に言い聞かせ、再度狙いをつける。

「おい!何かあったのか!?」

「!?エドワード!?危ないっ!!」

唐突に現れたエドワードにケルベロスは狙いをつけて飛びかかった。
完全に油断しきっていたエドワードは襲い掛かってきたケルベロスに押し倒される。

「うわぁああ!!?何だこいつ!!?」

「落ち着け!エド!」

悲鳴をあげ必死にケルベロスを振り払おうとエドワードは暴れる。
暴れるせいで銃の狙いがつけられない。落ち着かせようと声をかけるも聞こえていないのかエドワードは止まらない。
獲物を逃がすまいと、ケルベロスはその鋭い牙をエドワードの腕へと突きたてた。
赤い液体がエドワードの腕を伝い、ベストに赤い染みを作る。

「ひぃっ!?」

痛みにぎょっとしたようにエドワードが息を詰まらせる。
噛まれた衝撃でどうやら暴れる事を忘れたらしい。そのタイミングで瑞希は素早くケルベロスを撃ちぬいた。

タァンッ――

手に走る軽くはない衝撃を感じつつ、更にトリガーを引く。
タン。二度目の銃弾を身体に受けたケルベロスはエドワードの上から吹き飛んだ。
2メートルほど離れた地面に叩きつけられ、動かなくなった事を確認してから瑞希はエドワードの傍に膝をついた。

「ひ、ひ、ひぃ……!なん、な、んだ、あいつは!?」

上手く息が出来ないのかはあはあと喘ぐ様にエドワードは叫んだ。
腕を押さえ、血を抑えようとしているが中々血は止まらない。かなり深いところまで牙が刺さったのだろう。
それを見て瑞希は目を細め、気付かれない程度に顔を歪めた。

「とりあえず、深呼吸をしろ」

「ひ、ひっ……は、あ、あぁ……」

荒い呼吸を繰り返すエドワードを落ち着かせるために深呼吸をさせる。
大きく吸って吐き出すを数度繰り返して、漸くエドワードの顔が平常へと戻った。
エドワードの治療をしたいが、生憎瑞希はRSではないため大した治療道具を持っていない。レベッカならまだ何か持っていたかもしれないが。
とにかく溢れ出す血を抑える為に私物のハンカチをズボンのポケットから引っ張り出してエドワードの腕に強く巻きつけた。
じわりと白いハンカチに赤色が滲む。

「落ち着いたか、エドワード」

「ああ……何とか……ありゃ一体何だ?犬のように見えたが全身ずる剥けてやがった!」

苦々しげに言うエドワードに瑞希は知っている事を全て口にしようと思ったが、やめた。
言ったところでとても信じられないだろう。これはウイルスに感染したからで、猟奇殺人の犯人もこのウイルスのせいで犯人の大元はアンブレラ。
今まで普通に生きてきた人間にとっては話が突飛過ぎるからだ。犯人が世界的製薬会社のアンブレラだ、なんて誰が考える?誰も考えやしない。

誰も水面下なんか見やしない。
どんな非道な事をアンブレラがしているか、なんて。

脳裏に思い浮かんだ人物に俺は静かに目を伏せた。





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