- ナノ -


欠伸をするモノ:03





背中から荒い呼吸が聞こえてくる。急がなければまた大切な仲間を失う羽目になる。
この館へ来てから何人もの仲間の死を見た。ケネスにジョセフ、フォレスト……幾ら失えば済むのか。
どれだけ鍛え上げたこの身体だって守れなければ、助けれなければ意味がない。

苦虫を噛み潰してクリスはくそっと悪態をつき、歩く足を速めた。
走ると瑞希に負担がかかる。身体が揺れない様にしつつ、かつ迅速に行動しなければならない。

瑞希から流れ落ちる血がクリスのミリタリーカラーの防弾チョッキを変色させる。
人間は全体の20パーセント以上失血すると命の危険が出てくる。30パーセントを失えば生命維持が困難になってしまう。
それだけではない。あの巨大な毒蛇に噛まれてしまったのだ。毒も瑞希の体力を奪っている。

肩口に当たる生暖かな液体に心臓が冷える。早足で歩き、心の中で死ぬな死ぬなと呪文のように唱えた。

「……クリス、」

背中から声が聞こえた。喋るなと言っていたのに。そう思いつつも、クリスはどうしたと聞き返す。
その声色が妙に泣きそうな雰囲気を含んでいたのが気になった。

「…………ごめんな」

何に対しての、謝罪だったのか理解できなかった。
怪我をした事?背負わせている事?前者も後者も元はといえばクリスの不注意によって起きてしまった事だ。
謝らなければいけないのは寧ろクリスの方だ。自分が油断しなければ、瑞希は怪我をする事もなかっただろう。
もっとも今更"もしも"や"だろう"の話をしても意味がない。事はすでに起こってしまったのだから。

いや――……もしかしたら瑞希が謝りたかったのはもっと別の事なのかもしれない。

片手で扉を開き、先を急ぐ。どこから湧いたのかゾンビがよろよろと此方へと手を伸ばしてくる。
幸いそいつは進行方向とは真逆にいたため、クリスは素早く移動してゾンビを回避した。

そういえば瑞希はこの館の仕掛けを妙に理解しているような素振りがあった。
単純に瑞希がこういった仕掛けを解くのが得意なだけなのかもしれないが、それだけではない気がした。まるで最初から仕掛けを知っていたような。
それにこの館に来てから時折思いつめた顔をするようになった。クリスが話しかければ普通の顔になるものの、浮かない表情。
ゾンビや犬を見てそんな表情が浮かぶだろうか。先に出るのはもっと違う……恐怖や怯えといった感情のはずだ。

(ミズキは何か知っているのか?)

いや、何を知っているんだ?今すぐにでも問い詰めたい感情に駆られたが、無理やり心の中に押しとどめる。
瑞希は命の危機に瀕しているのに、そんな事を聞いていれるほど時間に余裕はない。背中越しに聞こえる苦しそうな吐息にクリスは顔を歪めた。

思索するあまり少しばかり鈍っていた歩調を再び速める。

「……バカか、俺は……」

仲間を疑ってどうするんだ。頭を振り、脳裏を過ぎった嫌な考えを振り払った。
こんな非常時だから疑心暗鬼になっているんだ。S.T.A.R.S.が出来てから彼らとはずっと一緒にいる。
何度も喋ったり、時には皆で食べに行ったりもした。それなのに疑うなんて、俺はどうかしているに違いない。

ただ瑞希の勘が素晴らしく冴えていて仕掛けが解けて、それがクリスの目にはまるで初めから知っているかのように見えたのかもしれないし、偶々ゾンビを見たときに瑞希は死んだ仲間を憂いていたのかもしれない。
きっとそうだ。心にそう言い聞かせて、クリスは小さく息を吐き出した。

今は瑞希が死なないようにレベッカの元へたどり着くのみだ。それ以外は必要ない。

ドアノブを捻り、雑念を振り払うように勢いよく扉を開け放った。






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