欠伸をするモノ;02
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不味い。そう思ったときにはもう遅かった。 クリスの叫びが聞こえたけれど、何を言ったのかまでは理解できなかった。
ざくりと、左肩に突き刺さる太い牙。生暖かい吐息が顔に当たる。獣特有の臭いに吐き気を催した。
「……ん、だよ」
口から洩れた悪態は思った以上に弱弱しい。心拍数が上がり、破裂しそうなほどドクドクと鳴っている。 全身は異様な程冷たく、それなのに吐き出す息は異常に熱い。冷や汗が窮地に陥ったときにでる脂汗に変わる。
ヨーンが食らいついたまま鎌首をもたげたため、瑞希の身体が宙に浮いた。 牙の突き刺さった肩に全体重が掛かり、激痛が走る。痛みで目の前がフラッシュを連続で炊くようにちかちかする。思わず目を閉じるが痛みは変わらない。
「ハハ……」
乾いた笑いが口から洩れた。激痛を通り越して痛みが分からない。 瑞希にはヨーンが今まで実験体にされてきた恨みつらみをここで晴らそうとしているように見えた。 あれだけの事をしてきたのだ。誰かに恨まれ殺されても、文句は言えない。走馬灯のように脳裏に映し出される鮮明な記憶を思い出して顔を歪める。
俺みたいな人間はいなくなるべきなのだ。ここで死ぬ方がいいのかもしれない――
マイナスの感情が溢れ出して止まらない。身体の感覚が鈍くなってきている。 手に持っていたはずのマグナムもいつの間にか瑞希の手からなくなっていた。
「死ぬなァ!!ミズキッ!」
――ダァン!!
ハンドガンよりもずっと大きな銃声が響いた。クリスがマグナムを放ったのだとぼやけた頭で理解する。 痛みに耐えられなくなったのだろうヨーンは口を開けた。その瞬間、身体が重力にひかれて落ちる。 意識も朦朧としているのに受け身なんてとれるはずもない。なけなしの力で歯を食いしばり、落ちた衝撃で舌を噛まない様にする。
「ミズキ!」
「……っう……く、りす……」
瑞希を受け止めたのは硬い床ではなくクリスだった。太い腕が瑞希の身体をしっかり抱える。 その一方で銃声がダンダンと絶え間なく響く。マグナムを片手で撃っているようだ。振動がクリスの身体を伝って瑞希にも届く。 下手に片手でなんて撃ち続けたら、クリスの腕が壊れてしまう。
「クリス……!」
痺れて動かしづらい身体を無理やり動かし、瑞希の身体を支える左腕を叩く。しかし、クリスは攻撃の手を休めない。 もう少し耐えてくれ……そんな声が聞こえてきて瑞希は眉を下げた。俺は……守ってもらえるような、そんなにいい人間じゃあないのに。身体に回された腕がとてつもなく苦しくて、辛かった。
がらがらと荒々しい音が聞こえたのと同時にマグナムの喧しい銃声が止んだ。 逃げたか、というつぶやきが聞こえたからどうやらヨーンは逃げたらしい。あれ程のマグナムを撃ち込んだというのに死なないなんてやはりヨーンは……というよりあのウイルスは恐ろしい。
「ミズキ!大丈夫か!?すぐに――……!」
「クリス……俺、俺は……」
心の内にある蟠りを全て吐き出してしまいたかった。けれど、アルとウィルを思う気持ちがそれを引き留める。 親友を捨てるなんて真似は俺にはとてもできなかった。どうすればいいどうしたらいい?自問しても答えは出てこない。
「何も言うな……とりあえず、レベッカの所に連れていく。少しの間耐えてくれ」
「………………あぁ」
結局、何も言えずに瑞希はただ頷くだけに終わった。
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