欠伸をするモノ:01
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レベッカのお蔭で瑞希達は新たに盾の鍵を手に入れた。手に入れたばかりの盾の鍵を使うため、東棟二階へと向かう。 時折響く雷鳴をBGMに瑞希とクリスは銃を握りしめたまま館を歩く。館に来てからずいぶん経つし、他の仲間もゾンビを打ち殺したせいだろう。 倒れたゾンビは見つけど、動くゾンビは見当たらない。とはいえ、館に染みついた血臭は相変わらずだ。
数歩先を行くクリスの背中を眺め、僅かに視線を落とした。木目の床が視界に入る。 ゆっくりだが確実に真実に近づいている。全てを知ったとき、クリスはいったいどんな反応をするのだろう。 遠くない未来を考えるとただでさえ低いテンションがさらに下がった。気づかれない様に小さく息を吐き出す。
ホールを抜け、二階の廊下を通り目的地の前へとたどり着く。 扉上部に張り付いた蜘蛛の巣を払ってから、クリスは鍵穴に鍵を差し込んだ。軽快な音を立てて鍵が外れる。
「よし、行くか」
「……あ、ああ、そうだな」
少しよそ事を考えていた俺は一瞬反応に遅れたが、クリスは特に気にした様子もなくドアノブに手を掛けた。 扉の向こうの気配を注意深く探って扉を開ける。クリスが肩越しに振り返り小さく頷いた。その合図に俺も頷き返す。どうやら敵はいないらしい。 後をついて部屋へと進入した。天井も高くそれなりに広い部屋だが、他の部屋と比べものにならないくらい汚い。いつから放置されているのかは分からないが、部屋のあちこちに蜘蛛の巣がたっぷりと張り巡らされ、棚には埃が積もっている。 電気も入り口付近についている電球のみで、部屋は薄暗い。天井付近に取り付けられた採光用の窓からの月明かりのお蔭で何とか部屋の中を見渡せる。
部屋の汚さを目の当たりにした瑞希は反射的に左手で口と鼻を覆った。 使っている部屋と使っていない部屋の差があり過ぎる。ほんの少し歩いただけで埃が宙を舞い、鼻がむずむずする。 こんなに埃の溜まっている部屋に重要なものがあるとは思えなかったが、クリスが奥へと進んでいくのだから瑞希も進まなくてはならない。 一歩進むたびに床がぎしぎしと軋む。すぐそばにあった棚に置かれた大きめの段ボール箱に降り積もった埃をしぶしぶ手で払う。 数個ある段ボール箱を一つ一つチェックしたが、肝心の中身はバケツだったりロープだったりと今の瑞希たちには全く必要のないものばかりだった。 無駄な労力を使ったと内心で愚痴を呟きつつ、彼方はどうだろうかとクリスの方を振り返る。
窓から差し込んでいた月明かりが突如遮られた。 光度が下がったせいで一気に視界が悪くなるが、目の前ににゅるりと現れた巨大なものの姿ははっきりと捉える。
「な、なんだこいつは!!」
おおよそ十メートルはあろうかと思われる巨大な蛇が天井から下りてきて、久しぶりのご馳走だといわんばかりに鎌首をもたげて舌なめずりをする。 瑞希とクリスは反射的に蛇から距離を取り、ハンドガンを構えた。ウイルスにより巨大化した蛇だ。 通常の蛇とは違い、皮膚はぶよぶよとして蛇というよりもカエルの皮膚によく似ている。あちこちにできた疣が気持ち悪い。 名前は確か"ヨーン"だ。獲物を丸呑みにしようとする時に大口を開けるその姿が"欠伸"をしているように見えるからそう名づけられたとか。
「大蛇だろ」
「それは見たら分かるが……大蛇の域を超えてるぞ!なんて化け物だ!」
冷静に言うとクリスが突っ込んだ。 実験体だったはずだがいつの間にか檻から逃げたようだ。研究所にいた時に資料を見たことはあったが、実際に見たのはこれが初めてだ。 これほど大きいとは思わなかった。もう少し小さいイメージだったのだが……。
「リチャードを噛んだのはコイツだな」
「って事は噛まれると不味いのか?」
「当然だろ」
会話する間も決してヨーンから視線を外さない。 シューシューと荒い鳴き声を上げるヨーンの口元にぎらりとした鋭く大きな牙が並んでいる。 一回でも噛まれれば生死の淵を彷徨う事になると考えると恐ろしい。
「っと、危ねェ!」
素早く横に移動してヨーンの噛みつきを避けた。真横にあるヨーンの顔に冷たい汗が流れる。 銃声が響き、ヨーンの柔らかい皮膚に穴が開き血飛沫が飛ぶ。クリスが発砲した様だ。だが、大したダメージはなかったらしい。 ヨーンは巨大な身体を引きずり、今度はクリスの方へと向かった。
ヨーンの体長が通常の蛇よりも短いとはいえ巨体には変わらず、この部屋はかなり窮屈だ。 身体をうねらせたヨーンの胴体にハンドガンを至近距離から数発撃ち込んだ。穴は開くもののやはり倒すまでには至らない。どうせ撃つなら頭を狙った方が効果があるだろう。 照準を頭に向けたが動き回る頭部は狙いにくい。十分に狙いをつけてトリガーを引く。
――タァン
瑞希が放った銃弾は的から大きく外れて館の壁に埋まった。苦い顔をして瑞希は舌打ちをする。 敵がじっとしていれば当てれるのだが、ああも動き回られては当てるのも一苦労だ。クリスの様に射撃が上手ければ良いのだが瑞希にはできない。
「くそっ!このバケモノめ!」
クリスが悪態をつきながら、ヨーンの攻撃を避けた。それと同時に素早く振り返って頭部に向けて何発かを撃ち込んだ。 元空軍だからか身のこなしが瑞希とは全く違う。隙が無く実に鮮やかだ。
負けてはいられないと瑞希も銃を構える。
『シャー!!』
瑞希とクリスの攻撃に段々とムカついてきたのか、ヨーンは怒ったように鳴いた。 ぎらぎらと赤い瞳を光らせてその巨大な身体を撓らせる。迫ってきた太い尾に瑞希は素早く柱の陰に隠れた。
ガツンと柱が衝撃に揺れる。天井に張り付いていた塵がその衝撃でぱらぱらと落ちてきた。 あんな太い尾を打ち付けられては、下手すりゃ骨折だ。こんなゾンビだらけの館で骨折だなんて冗談ではない。 緊張のせいで全身から冷たい汗がにじみ出る。ハンドガンのグリップを握りしめ、ヨーンの気がクリスへ逸れている間に柱から出て発砲した。 幾らかは外れたが、幾らかは当たっている。
「……嫌になるな」
本当、嫌になる。アンブレラも、過去の自分にも。 たった一言に複雑な思いを乗せて吐き出した。軽く頭を振り、今はそんな事を考えている場合ではないと自分に言い聞かせ、天井近くまでもたげられたヨーンの顔を睨みつけた。 結構な勢いで横を通り過ぎた胴体にも気を付け、マガジンに入った銃弾を撃ち尽くす。
今のところヨーンはクリスに意識を向けている。その間に少しでも俺がダメージを与えなければ。 空になったマガジンを素早く抜き、腰のパウチから新たなマガジンを取り出して挿入する。これが最後のマガジンだ。 残る十五発。これでヨーンを倒せなければ、もう一つの銃の出番だ。できるならデザートイーグルはあまり使いたくないのだが、自身の我儘で命を落とすわけにはいかない。
腰に装備しているマグナムの重さを感じる。自分を使え、とでもいうようにかちゃかちゃと身体を動かすたびに音がなった。
「くっ!」
「クリスッ!ッチ、こっちだ!化け蛇!」
クリスがハンドガンのトリガーを引いたが、弾は発射されなかった――弾切れだ。 その隙を狙って噛みついてきたヨーンをクリスは素早く横転することで避けるが、ヨーンは自らの巨体を生かして執拗にクリスを狙う。 ドクドクと心臓が五月蠅く喚く。必死に狙うが上手く当たらず、焦りばかりが生まれる。
「クソったれ!」
苦々しげに吐き捨てた時、視界の端でクリスがヨーンの尾に弾き飛ばされたのが見えた。 壁に叩き付けられ苦しそうにうめき声をあげたクリスに、自身が傷ついたわけではないのに息が詰まった。 動けずにいるクリスにヨーンが狙いをつける。何度もヨーンの後頭部にハンドガンを撃ち込むが、ヨーンは目の前のクリスから目を離そうとしない。
「こっちだって……!!言ってんだろうが!!」
ハンドガンをガンホルダーに仕舞い、マグナムを取り出す。ヨーンの気を散らすにはハンドガンではとても無理だ。 焦りすぎて、狙いもそこそこにマグナムを撃ち込んだ。
――ダァン!!
ハンドガンとは比べものにならない衝撃が身体に走る。正しく構えなかったせいで瑞希は後ろに吹き飛び、その場に尻もちをついた。 だが、銃弾はヨーンの頭部を貫いたようだ。それに安心する間もなく、ヨーンは耳障りな悲鳴を上げて、のたうちまわる。 壁際に設置されていた棚が破壊され、大量の荷物と木片が降り注ぐ。反射的に両腕で庇う。
「痛っ……!」
結構な重量のある物体が腕に当たり、痛みに顔を顰めた。尖ったものが混ざっていたらしく、生暖かいものが腕を伝う感覚がする。
「ミズキッ!逃げろっ!!」
「ぁ――?」
クリスの悲鳴じみた怒鳴り声に俺は顔を上げる。 "シュー"という音がすぐそばで聞こえた。
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