館の奥へ:03
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「あっ!」
一旦ホールに戻ったタイミングで誰かの声がホールに響いた。 前触れもなかったため、瑞希はその声に驚き数センチ飛び上がって、声の聞こえた方を勢いよく確認する。
「レベッカ!?」
ぱたぱたと階段を駆け上ってきたのは、リチャードと一緒にいる筈のレベッカだった。 レベッカは二階の通路にいた瑞希達の目の前までやってくると荒れた呼吸を落ち着かせるように胸元に手を当てる。
「良かった……ホールにいたらきっと会えると思って待ってたんです」
「何かあったのか?」
呼吸が整ったところで、レベッカは顔を上げる。緊張か興奮かその両方からか、レベッカは頬を紅潮させて話し出した。
「リチャードはまだ目覚めてないんですけど……何かできるかないかと思って少し館を調べていたんです」
そしたら――すっと目の前にさしだれたのは金色をした盾形のエンブレムだ。1フィートほどのずっしりとした大きなエンブレムを受け取る。 一人で怖かっただろうにジルもレベッカも最近の女性は凄い。
「ピアノのある部屋、わかります?」
「ああ、あそこか」
クリスと一緒にヘタクソなリサイタルをしたところだ。あそこは特に何もなかったと記憶している。 瑞希が頷くとレベッカは嬉々として話をつづけた。
「そこで月光を弾いたら……横の壁が開いたんです。どうやら仕掛けだったみたいで……そこにこのエンブレムがあったんです」
少し怖かったんですけど、と付け足してレベッカは頬を掻いた。 まさかあそこで月光を引くことが仕掛けを解くカギになるとは思いもしなかった。 レベッカがいなければもしかしたらずっとこの館を歩き回る羽目になっていたかもしれないと考えると今回のレベッカの働きは素晴らしい。
「食堂のところに掛けなおせば、なにか起こるんじゃないですか?」
「試してみよう。ありがとう、レベッカ」
受け取ったエンブレムを裏返したりして観察しながら、瑞希は頷いてお礼を言う。役に立てたのが嬉しいのかレベッカはにっこりと笑みを浮かべた。 ピアノの旋律とエンブレムの交換と二段構えの仕掛けなのだ。相当重要な何かがあるに違いない。 西側の大食堂はホールから扉を一枚くぐったらたどり着く。今のところ目的地がないため、下手に館内を歩き回るより目の前の仕掛けを解くべきだ。
「私はリチャードのところに戻ってます。もしかしたら目覚めているかもしれないので」
気を失ったままとはいえ、そのまま放置しておくのは気が引けたのだろう。レベッカは瑞希達から一歩後退すると、体勢を整えてなめらかな動作で敬礼をした。 かちりと型にはまった敬礼をするレベッカの肩をクリスが軽く叩き、微笑んだ。
「気をつけてな」
「はい!それでは!」
大きく頷くとレベッカは踵を返し、小走りで館西側の扉の奥へと消えていった。 その背中を見送ってからミズキはクリスと共に玄関ホールの階段を降りる。フラシ天の柔らかな感触が靴底に当たる。 大食堂へと続く扉をくぐり、中を見回した。奴らの姿は見当たらない。動いているのは奥にある暖炉の炎だけだ。 煌々と燃え続けているその暖炉の上には盾の形をした窪みがある。
「あそこに掛ければいいみたいだな」
足早に暖炉に近づいて、瑞希はうっかり暖炉の火でやけどしない様に注意しながら窪みに金色のエンブレムを押し込んだ。 ――と同時に背後でかしゃ、と小さな音が響く。振り返ると大きな振り子時計の調整用の扉が開いていた。 一体どういう仕組みなんだと内心で突っ込みつつも瑞希は振り子時計に近づき、開いた所を覗く。
ワックスを塗られた木製のアンティークな振り子時計の中には錆一つない金属製の様々な大きさの歯車が組み込まれている。 そのうちの一つの大きめの歯車を試しに動かしてみると長針が動く。その隣の小さな歯車を回すと短針が動いた。
「分かりそうか?」
「分らなかったら一生この館の中だな」
瑞希の後ろからのぞき込んできたクリスに冗談交じりに答える。 文字盤には12時、3時、6時、9時の所にそれぞれ兜、盾、鎧、剣が刻まれてある。 時計としてどうも機能していないらしく、針は瑞希が動かしてからぴくりとも動いていない。
今までのパターンを踏襲すると何処かにヒントらしき言葉があるはずだ。 視線を彷徨わせてから文字盤の銀フレームに文字が書かれているのに気が付いた。
「"二人が刺し違えるとき、運命は開く"か……さっぱりだな」
同じタイミングでクリスも気づいたらしく、読み上げた。肩を竦めたクリスとは違い、瑞希は真剣な顔をしてその言葉を心の中で復唱する。 刺し違える――文字盤を見直してからミズキはある事に気づいて目を見開いた。時計の針が剣を模して造られている。 "二人"というのは時計の長短針を指しているなら、正しい位置に針を向かせれば仕掛けが解けるはずだ。だが、何時何分を示せばいいのかがわからない。
当てずっぽうに動かしていては夜が明けても仕掛けを解くことは出来ないだろうし、もし出来たとしても釈然としない。腕を組み眉間に皺を寄せて時計とにらみ合う。 あーでもないこーでもないと頭をフル回転させる。背後でクリスが暇そうに大欠伸をかまし、豪華な長テーブルの椅子にどかりと座り込んだ。 その様子を視界の端で捉えて、瑞希は米神に青筋を浮かばせて睨みつけた。
こっちは必死で頭を動かしているってのに少しくらい考えてくれたらどうなんだ。 言いたい言葉は喉元に押しとどめ、口を"へ"の字にした。言ったところで俺には分からんの一言で突っぱねられるのがオチだ。 静かに息を吐き出して、瑞希は再度時計を確認した。振り子が規則正しい動きでゆらゆら揺れている。
「こんなとこで食事なんて性に合わないな」
「だろうな」
何故かセッティングされてあるフォークとナイフを摘まみながら、クリスが呟く。 クリスはファーストフード系の店に座っているイメージが強い。きちっとした礼服に身を包んで、雰囲気のある店にいるクリスなんて想像できない。 肩越しに振り返り、ふっと小さく笑う。
「そこの絵画と睨めっこしながら食べろってか?」
「絵画?」
おどける様に笑ったクリスにきょとんとして尋ねると、クリスの指がそちらを示す。視線でその先を追いかけると豪華な額縁に入れられた絵画が壁に掛けられていた。 時計の謎が解けないので頭を一度真っ白にするのもかねて、絵画を正面から見る。
洋風の建物の中でそれぞれ朱色と緑色の衣服に身を包んだ二人の騎士が描かれている。相打ちになっており朱色の騎士は頭部を、緑色の騎士は胸部を剣で貫かれていた。 特に変な点もないただの絵画のようだ。しばし何も考えずに絵画を見つめていたが、はっとして瑞希は目を見開く。
「ナイスだ、クリス!」
突然声を上げた瑞希に不思議そうな顔をしているクリスを放置して時計に駆け寄り、歯車を掴んで動かす。 ただの絵だと思っていたらとんでもない。あの絵画もこの時計のヒントだったのだ。 絵画の通りに長針は12時の兜の位置に、短針は6時の鎧の部分に合わせる。これで間違っていたら、お手上げだ。
一歩退くと、時計はボーンボーンと低い音を鳴らしながら時計一つ分横へとずれた。
「お!鍵見つけたぞ」
振り子時計の背面に隠されていた小さなスペースに置かれていた鍵を取る。丸いキープレートには盾の紋章が刻み込まれていた。 剣に鎧に盾――館の鍵も随分集まってきた。調査を終えるのももうすぐだろう。ほら、とクリスに鍵を投げ渡す。 抜群の反射神経でクリスはキャッチするとキープレートを確認してからベストのポケットにしまい込んだ。
「俺の指摘が役に立ったな」
「否定はしねェが、館の謎の大半俺が解いてるのを忘れんなよ」
にやりと口角を上げて、クリスがドヤ顔をする。 褒めろ崇めろ奉れオーラを醸し出しているクリスに瑞希はため息をついて、冷静に指摘した。
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