- ナノ -


館の奥へ:02





結局、その部屋に大したものはなかった。
部屋の隅々まで仕掛けがないかどうかをきちんと調べたが、ハンドガンの弾が少しばかり置かれているのみだった。
衣服に付いた埃を払いながら、クリスの後をついて部屋を出る。相変わらず不快な臭いが充満している。眉間に皺を寄せてミズキはしかめっ面をした。

「他回ってないところはどこだ?」

「あー……確かホールに続くコの字の廊下に出て右に進んだとこにもう一個鎧の鍵の扉が合ったハズだ……」

クリスに尋ねられて瑞希は視線を左上に彷徨わせて自信のない言葉を返す。
あまりにも館をうろうろしすぎたせいでどこに何があったか曖昧だ。廊下のど真ん中で赤いカーペットを広げている物体を跨ぐ。

「ミズキが言うんなら大丈夫だろ、コの字の廊下を右、だな」

「間違ってても文句いうなよ?」

どこからそんな信用ができるのか。まあ確かにクリスと比べれば俺の方が断然記憶力は上だろうが。
L字の廊下を経由してコの字の廊下へ出てきた。予定通りホールへは行かず、右に向かう。
銀色に塗られた両開きの大きな扉は以前来た時には調べられなかったはずだ。少し先を進んでいたクリスがノブを確認して、振り返り親指を突き上げた。

どうやら、俺の記憶は正しかったようだ。同じように俺も親指を立てて、小さく笑みを浮かべる。

クリスが鎧の鍵で開錠し、そっとドアノブに手を掛ける。目くばせに瑞希は頷き、ハンドガンを握りしめ向かい合わせになるように扉に張り付いた。
唾を飲み込みクリスが合図するのと同時に開け放った扉の中へ身体を滑り込ませる。

ギギギギ――

一歩踏み出した瞬間に視界の両端でぎしぎしと軋んだ音を立てて動き出した銀色の何かに瑞希は思わず悲鳴をあげそうになった。
銀色の何かは甲冑だった。くすみ一つない銀色の甲冑は部屋の両側にそれぞれ五体ずつ、合計十体置かれている。そのうちの四体は不自然に壁から離れていた。

「これ突然切りかかってきたりしねェよな?」

「まさか」

俺の質問にクリスは肩を竦めて笑ったが、その顔はどこか不安げな色がある。
慎重に甲冑に歩み寄り、その兜の隙間から中をのぞき込む。空洞だ。流石に中にゾンビが入ってて襲い掛かってくる、なんてことはなさそうだ。
しかし甲冑が手にしている剣や斧は鋭い輝きを放っており、少し触れただけでも怪我をしそうで恐ろしい。

石製の床は踏みしめるたびこつこつと音を響かせる。部屋の中央にある青いベルベット調の布の掛けられた台を確認した。
台の中央には金属の板がはめ込まれており、その中央には丸いスイッチがある。

「……"眠りを妨げる者に制裁を"」

スイッチの上部に刻まれた文字を指先でなぞりながら読み上げる。
これ押したら、甲冑動くとかそういうパターンに間違いない。頭を過る嫌な想像に瑞希は顔色を青くさせてそれから手を遠ざけた。
とにかくこれを押すのはこの部屋のすべてを調べ終えてからの方が良いだろう。

「クリス、そっちは何かあるか?」

奥の壁を調べていたクリスに声を掛ける。此方を振り返り、クリスは小さく頷いて壁を指した。
円型のレリーフの中央に穴があり、鉄製の格子が掛かっている。その奥には四角い箱のようなものがあるようだが、格子が邪魔で取ることができない。
スイッチを押せば簡単に開く、なんて事はまずないはずだ。

「こっちはスイッチがある……けど、押さない方がいいだろうな」

不穏な雰囲気の文章が書かれているのだ。とても押す気にはなれない。部屋の中を今一度ぐるりと見回して、置かれている十体の甲冑を確認した。
やはり飛び出している四体の甲冑が気になる。この部屋に入ったと同時に動いたようだし、この甲冑が仕掛けの中心と考えるのが妥当だ。
とりあえず試しに向かって右側手前の盾を持った甲冑を押してみた。

「ふぬっ!!」

が、俺の体力不足のせいか甲冑を乗せた台座はぴくりとも動かない。しっかり足を踏み込み、全身全霊を込めて押しても――やはり動かない。
傍から見れば非常に滑稽だったに違いない。クリスが変なものを見るような顔をして向かい側の甲冑をいとも簡単に押して見せた。

「何やってんだ?」

「うるせぇ筋肉バカ」

動かせなかったのをバカにするかのようににやにや笑いを浮かべて尋ねてきたクリスに俺は口をとがらせる。
ゴリゴリマッチョのクリスと俺を一緒にしてもらっては困る。……ともかく、だ。筋肉を使いたいらしいので甲冑を押すのはクリスに任せた。

とりあえず適当に甲冑を押しまくっているクリスを眺め、瑞希は甲冑の法則を考え込む。
押せば出る、押しても出ない――考えがまとまったところで瑞希はクリスを呼び止め、指示を出す。

「向かって右奥、左手前、右手前……の順だな」

瑞希の指示通りにクリスが甲冑を押す。右手前の甲冑を押し終えたのを最後に甲冑が全て壁際へと寄せられた。
それらを見届けてから瑞希は手元のスイッチを押せば、部屋の奥の格子が開く。予想は正しかったようだ。
ようやっと邪魔なものがなくなり、穴から両掌よりも少し大きいくらいの箱を取り出した。

一見すると宝石箱のように見えるが、中に入っているものはそんな金品宝石ではないと思われる。
軽く箱を振ってみると硬い音が中で響いた。箱の隙間に爪を立て、開けようとしたが開かない。
鍵穴は無く、側面には何やら不思議な模様が描かれていて、それぞれスイッチになっている。これも小さいなりに面倒な仕掛けが施されているらしい。

「解けるか?」

「ちょっと時間くれれば解く」

スイッチを試しに押して、反応を確認しながら瑞希はしっかりと答えた。頭を使う問題ならクリスに負けるつもりはない。
上部のプレートに書かれている"太陽が輝く時、我は目覚めん"という文字に目を通す。月と太陽のレリーフの中央は黒くなっていて、側面のどれかを押すと輝く仕組みになっているようだ。
プレートのヒントを貰えば後は簡単だった。側面にある太陽と同じ形のスイッチを押す。

太陽のレリーフが輝いたのと同時にカチャ、とロックの外れる音がした。

「お、流石ミズキ、早いな」

物の数分で開けた瑞希にクリスが感心する。褒められて悪い気はしない。
ふふんと口元を上げて、箱を開ける。中身は金品宝石――ではなく、目鼻口全てがどす黒く窪んだデスマスクだった。
これで揃ったデスマスクはジルから貰った目のないデスマスクと合わせて二つだ。あの本に書かれていた内容から察するに、まだ後二つほどあるはずだ。

「ここはこれだけみたいだな」

他に目ぼしいものは見当たらない。デスマスクを腰のポーチにしまい込み、頷いた。






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