- ナノ -


館の奥へ:01





ピアノの部屋を出た後、二人は東側二階に戻り、調査を開始した。
リチャードが倒れていた地点から更に奥に進むと、扉が一つ、その手前に鉢植えにグリーンハーブが二つちょんと置かれている。
今の所怪我もしていないし、前に拾ったハーブも残っているため取らずに置いておく。

「奥に行くか」

「おう」

ドアノブを捻り、次の部屋に進んだ。
同じような廊下が続き、正面には数段高い位置に扉があり、左手にも通路が延びていて、丁度T字型になっている。
足を引きずるような鈍い音が左側から微かに聞こえてくる。クリスが自分が行くと手で合図を出し険しい顔をしながら進み、左手の通路に差し掛かると同時に銃を構えた。

瞬時に銃声が響き、どしゃりと重くて水分の多いものが倒れる音がした。
上手くしとめれたようだ。クリア、クリスの合図に瑞希は頷き、銃を握り締めていた手を下ろし、左手の通路を覗き込んだ。
頭から血を流したゾンビが通路の真ん中で倒れている。瑞希は赤黒い肉塊を見下ろしてゲッと嫌な顔をした。
ワックスの塗られた床にどす黒い赤い血が広がり血溜まりになった。視線を血溜まりから反らし通路を確認する。
突き当たりに落ち着いた色の棚が置かれていて、そのすぐ左に扉がある。

鉄錆びの臭いが鼻を突き刺す。鼻を摘みながら、瑞希は数段高い位置にある薄汚れた正面の扉を調べた。
キーホールには盾のマークが刻み込まれている。手持ちの鍵では開けられないようだ。

「クリス、こっちは無理だ」

「ならこっちに行くぞ」

どうやら左の通路にあった扉は鍵が掛かっていなかったらしい。
了解、と短い返事を返し、瑞希は倒れたゾンビを踏まないように注意深く跨いで既に扉を開けて先に進んでいるクリスの背を追いかける。

クリスに続いて入った部屋は真っ暗だった。
館はどこも薄暗かったがこの部屋は窓がなく月明かりすらも入らないため特に暗く、先に入ったクリスの姿も目を凝らさないと見えない。
眉間に皺を寄せ瑞希は銃を握り締め、耳を澄ました。視界の効かない所では聴覚に頼る。
注意深く一歩を踏み出し、クリスに呼びかけた。

「クリス?」

「ああ、燭台に火をつけるから待ってくれ」

カチ、カチッ、とライターの点火する音が聞こえ、部屋が暖かいオレンジ色に照らし出された。
時折揺らめく光源は少々頼りなさげだが、先程よりかは辺りに何があるか見える。
大き目のこげ茶色のダイニングテーブルに無造作に置かれた空っぽの皿とワイングラスが数個、テーブルの端に設置されている燭台の明かりを受けてキラキラ輝いている。
ガラス戸の飾り棚が二つ入ってきた左右の壁側に向き合うように並べられており、その両方に高級そうな皿が飾られていた。
しかし、部屋全体を見るとどうやらあまり使われていなかったような印象を受ける。あまり豪華ではない木製のシャンデリアには埃が積もり、館には似合わない段ボール箱が数個隅に積まれている。

「なあミズキ、この棚の後ろに何か無いか?」

「ん?あ、何かスペースがあるみたいだな」

よくよく見ると一つの飾り棚の後ろに人が通れるほどのスペースが隠されている。
棚を置くスペースは他にもあるのにわざわざ隠すように置いてあるのは気になる。

「よし、動かしてみるか。ミズキ、倒れないように前を押さえといてくれ」

「了解」

クリスが棚を横から押し、俺はガラス戸が開いたりしないように押さえておく。
重そうに見えた飾り棚もクリスにかかれば簡単に動いた。

「うわっ!」

押していたクリスが短い悲鳴を上げて、その場から退く。
と、その後を追う様にゾンビが両手を突き出して隠されていたスペースから現れた。
ガラス戸を押さえていた俺は反応に遅れ、ゾンビがゆっくりと首を回し此方を見るまで動けなかった。

ゾンビの白く濁った目が己を映したのと同時に弾けるようにして瑞希は飾り棚から退き、ガンホルダーから銃を抜き構える。

覚束ない足取りで俺を食べようと向かってくるゾンビの脳天に銃弾を撃ち込んだ。
崩れ落ちたゾンビを視界の端で捉えながら、ため息をつく。

「ったくいるならいるって言えよな」

「ゾンビなんかにゃ無理だろ」

「お前に言ってんだぞ、クリス」

ゾンビが喋れないのは百も承知だ。
ぎろっとクリスを睨みつけると逃げるように視線を反らされた。




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