ピアノリサイタル:01
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――レベッカ!
見覚えのある後姿に瑞希は思わず、名前を呼んでいた。 屈みこんでいた誰かは弾ける様に振り返る。女性というには少し幼い顔が泣きそうな顔で此方を見上げた。
「ミズキ!それに貴方は……?!」
「俺はアルファチームのクリスだ。君たちの救援に来たんだ」
「リチャードが大変なんです……!」
レベッカの膝元には顔色を悪くし、衣服を大量の血で汚したリチャードがいた。 肩口には深い穴が開き、その周りは紫色に変色している。毒蛇に噛まれた時になる症状だ。 この傷の大きさだと一刻も早く血清を打たなければならない危険な状態だ。 瞬時にそれを理解した瑞希は苦い顔をした。
「……駄目、喋らないで下さい」
リチャードが瑞希達に気付き、何かを言おうと掠れた声を出す。 それに気付いたレベッカがリチャードを止めるがリチャードは構わずに口を開いた。 一音を発声するだけでも辛いのか、リチャードは顔を顰める。
「……ミズキ、クリス……この館はやばい……早く此処をでろ……とんでもない、怪物がいるぜ……」
「もういい、喋るな……毒が回る」
傷口を押さえて呻いたのを見て、瑞希はまだなお何か言おうとしたリチャードを止める。 動かすのはまずい。血清を打たなければならないが、そう都合よく血清なんて――……。 そこまで考えてから瑞希はつい先ほど血清の入った小瓶を見たのを思い出した。
「血清を取りにいく!すぐ戻る!」
勢いよく立ち上がり、瑞希はクリス達の返事を聞くよりも前に踵を返し通路を飛び出していた。 廊下を荒々しい足音を立てながら駆け抜ける。ホールの階段を二段飛ばしで駆け下り、大食堂の扉を壊れそうな勢いで開け放った。 これ以上誰かを失うのはもう嫌だった。必死に走り、真っ直ぐにあの血清のある部屋を目指す。
ゾンビの相手なんて、していられない。 廊下でぽつんと突っ立っているゾンビの脇を素早く通り抜ける。階段脇の小部屋に飛び込んで、"serum"と書かれた茶色い小瓶を引っつかんだ。 中身がある事を確認してから瑞希はしっかりとそれを握り、元来た道を急いで戻った。リチャードが死んでいない事を願いながら。
「リチャードッ!」
扉を開け、瑞希は半ばスライディングしながら、レベッカ達の元に戻った。 リチャードは辛そうだったが、まだ息をしている。安心するのは早いが間に合った事に胸を撫で下ろし、握り締めた血清をレベッカに手渡した。 レベッカは腰のポーチから注射器を取り出し、慣れた手つきで血清をリチャードに打ち込んだ。
暫く安静にしていれば、リチャードは大丈夫だろう。 ほう、と三人は同じように息を吐き出し、顔を見合わせて小さく口の端を上げた。
リチャードの容態がある程度良くなってから、瑞希達は場所を変えた。 西側階段横の小部屋――先ほど瑞希が血清を取りに行った場所だ。ここなら薬品も揃っているしベッドもある。 内側から鍵を閉めればゾンビが入ってくる事もない。
ベッドにリチャードを寝かせ、傷口を消毒し包帯を巻いた。顔色は依然として悪いが、先程よりかは随分とマシになっている。 ゆったりとしたテンポの呼吸をしているリチャードに毛布を被せてから瑞希は振り返った。
「レベッカ、リチャードが目覚めるまで頼む」
「はい。リチャードが回復しだい、二人で後を追うようにします」
レベッカのしっかりとした返事に瑞希は満足げに頷く。怯えているかと思ったが、案外気丈なようだ。 クリスは心配そうな顔をしていたが、レベッカはそこまで柔じゃないだろう。
それにしても、とレベッカが薬の並ぶ棚を見回して、口を開いた。
「アンブレラの薬ばかりですね」
「アンブレラ?」
その単語が出てきた瞬間瑞希は思わずぎくりとした。 幸い二人とも此方を見ていなかったため、瑞希の反応には気付かなかったようだ。 聞き返すクリスにレベッカは棚の上に並んだ瓶を手に取りながら答える。
「知りませんか?ラクーンシティにある、大手の製薬会社ですよ。ラクーン市の産地名物ってことにもなりますね」
「この洋館はアンブレラの創設者であるスペンサー卿の持ち物だから、当然だと思うが……」
「え!?そうなんですか?……じゃあどうしてこんなバケモノが徘徊しているんでしょうか……?」
瑞希がさも当然というように言うと、今度はレベッカが驚いたように聞き返してきた。 答えは知っていたが、レベッカの問いにはさあと答えてうやむやにしておく。疑われるような事は避けるのが一番だ。
「じゃあ俺たちはそろそろ他の場所を調査に行ってくる」
「はい。二人ともお気をつけて」
怪我をしたら戻ってきてください、治療しますよ。という心強い言葉を背中に瑞希達はレベッカと別れた。
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