- ナノ -


過去の記憶:01





無事、鎧の鍵を手に入れたところで、西側の調査を始めた。
二階は開けられない部屋ばかりで大食堂二階以外は廊下しかいけなかった為、一階に下りる。
階段脇の部屋に入った。ベッドや机があり使用人の部屋のようだ。ゾンビの姿はない。

棚には液体の入った瓶が並べられてある。使えそうな物はないかとそれらを眺めていく。
こう見えても元科学者だから薬品にはそれなりの知識はある。専門は生物工学だが。
白いラベルにはアクリノール、チャルドール……様々な薬の名前が書かれている。
消毒液や頭痛薬といった日常で使うようなものを中心に、解毒剤やらはたまた蛇の血清まで置かれていた。
種類の多さに脱帽しながら、一番端に置かれていた救急スプレーをありがたく拝借する。
腰のポーチに救急スプレーを押し込んでから、瑞希は机を調べていたクリスに声をかけた。

「ここは色々薬品があるから怪我した時に使えそうだな」

「あ、あぁそうなのか?俺には良く分からないんだが……ミズキは凄いな」

「え?あ、まあ俺は薬学齧ってたからな」

「そういえば、ミズキはアンブレラからの推薦でS.T.A.R.S.に入ったんだったな」

思い出したように言ったクリスに瑞希はぎくりとした。
ま、まあな、と相槌を打ち、瑞希はクリスから不自然でない程度に目を反らす。
全く嫌な事を思い出させてくれる。早くこんな館からお去らばしたい。

瑞希が目を反らした事にクリスは気付かず、首をかしげながら薬品瓶を眺めていた。

「じゃあ怪我した時はここに戻ろうか、ゾンビもいないみたいだしな」

「ああ、解毒剤や鎮痛剤もあるからそれなりの治療はできると思う」

その他めぼしいものがないかを調べてから部屋を出た。
階段横からL字型に伸びる廊下を進む。廊下の真ん中に白い柱が一本伸びており、額縁に入れられた油絵が数枚掛けられている。
油絵の掛けられた廊下を通りすぎ角を曲がると突き当たりとその手前の右手側に扉があるのが見えた。
窓から入る青白い光りに廊下は不気味で怪しげな雰囲気を出していた。

「アンブレラといえば……ウェスカーもアンブレラだったよな?」

「……あぁ、そうだな」

不意に話し出したクリスに瑞希は少し間を置きながら頷いた。
"アンブレラ"という名をあまり話題にしたくない瑞希は少々顔を歪める。幸いクリスは前を歩いていたためその表情が見られる事はなかった。

「何でまたアンブレラからこんなS.T.A.R.S.なんかに来たんだ?」

アンブレラなら将来安泰だったろうに。何にも知らないクリスは不思議そうに尋ねてきた。
振り返ったクリスに瑞希は素早く普通の表情を顔に貼り付ける。

「何でって……まあ色々あったんだよ、俺にも」

言葉を濁しつつ、瑞希は息を吐き出しながら小さく笑う。
クリスは瑞希の返答に首を傾げたが、問い詰めてくるような事はしなかった。

確かにアンブレラは世界的な大企業で素晴らしい――表向きは、だ。
裏はそんなに綺麗な会社ではない。影で昼夜を問わずに行われる人体実験に、ウイルスによる兵器開発――。
細心の注意を払いながら作るそれらはあまりにも恐ろしいもので、俺には耐えられなかった。
だが、アンブレラから逃げようとすれば口封じに殺される。だから俺は科学者を辞め、此処S.T.A.R.S.に入った。

胸のうちに秘める全ての原因を考え、瑞希は視線を落とした。
埃を被り薄汚くなった床が見える。数年前、来た時とは大違いだ。
緩く頭を振り瑞希はくしゃりと顔を歪めた。

(何で俺はアンブレラなんかと関係を持っちまったんだ、ちくしょうめが)

何にも知らなかった若かりし頃の自分に内心で舌打ちをする。あの時の自分は科学者というものにただただ憧れていただけだった。
表向きのアンブレラしか知らなかった瑞希はあちらから引き抜きがあった時は飛んで喜んだものだ。
アンブレラに入った当初は研究は普通の物だった。だけど、ある日突然お偉方に呼び出され、そこで突きつけられたのはウイルスによる兵器開発。断れば"死"。答えは初めから一つしか用意されていなかった。
……ああでも裏の研究に取り掛かったからアルとウィルに会ったんだ。

苦い過去を思い出し、小さく息を吐き出した。

「ミズキ?」

「――悪い、今行く」

扉を開けて身体を半分中へと入れたクリスが此方を見ている。
返事をして瑞希は小走りでクリスの元へ向かった。





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