闇夜に響く笛の音:03
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大食堂二階の吹き抜けを通り、今度は西側の調査を始めた。 あちらこちらに調べられたような痕跡があるのはジルかバリーが残したものだろう。 石造や立派な額縁に入った絵画があちらこちらに置かれた廊下を通る。 頭部や腕がもげた気味の悪い石造を横目に見ながら歩く。パキパキと石造の破片が足の裏で音を立てる。
曲がり角に立てかけられていた巨大な全身鏡に自身が映る。 想像以上に眉間に皺を寄せた酷い顔をした自身と目が合う。薄暗いせいで顔色も悪く見える。 ゆるゆると頭を振り、銃のグリップを握りなおした。すぐ傍でヤツのお腹がすいた、という鳴き声が聞こえてくる。 先行していたクリスが銃を撃ち、素早くゾンビを排除した。
「ったく、嫌になるな……」
動かなくなったゾンビを眺めながら、うんざりとして吐き捨てる。 鼻に付く血臭にどろどろの肉体、死してなお瑞希達を喰らおうとしてくるその脅威。 正確にいうとゾンビは死んだわけではなく、ウイルスに感染して理性も自我も失って、肉体が腐り落ちただけなのだ。 自我や理性が失われたらもうそれは"人間"ではないし、肉体が腐ったら"死"んでいると表現するのが一番しっくりくる。 そんな細かな事はさて置いて、瑞希は少し先を進むクリスの背中を追いかけた。
突き当たりの手前のアーチをくぐると、左右に扉がある。
「そういえば、ミズキに会う前に左側から来たな……」
「じゃあ、行くのは右だな」
同じところをまわっても仕方がない。瑞希とクリスは互いに頷きあい、右手の扉に向かう。 ニスの塗られた艶のある上質な木製の扉を開けて、中へと入った。
すぐ右手には盾を持った甲冑の像が佇んでいた。盾の中央に文字が刻まれている。 冷たい盾に指を滑らせながら、その文字を読む――"死は全ての始まり"。 スペンサー卿の有り難味もない下らないお言葉だ。さして興味もない。瑞希はさっさと盾から目を反らし、正面の階段を見上げた。
ゾンビの気配はないが、恐ろしく静かで不気味だ。
階段を慎重に登ると、右手にあった像に良く似た物がある。 しかし手に持っているのはぐさりと刺さりそうな鋭利な棘の付いた盾だ。先ほどと同じく盾に文字が刻まれてある。 "死こそ最上の快楽"と。やはりスペンサー卿とは趣味が合わないようだと瑞希は思う。
像足元には二つの浅い溝が作られている。屈みこみ、その溝を軽く指でなぞる。 溝は通路の曲がり角の奥まで続いているようだ。足先に引っかかった蜘蛛の巣を振り払い、瑞希は奥へ進んだ。
「あぁ……そんな仕掛けもあったな……」
曲がり角の奥には背の低い黒い台座があり、台座の真ん中には銀色の鍵がはめ込まれている。 そして台座の後ろに佇む甲冑の像の盾の文字には――"紋章を奪うものに死の喜びを"。 全く鍵一つに大層な仕掛けを作るものだ。先ほど手に入れたイミテーションの鍵の使う場所は此処だ。思い出した。 ふうと息を吐き出し、クリスに此方へ来るよう呼びかけてから、瑞希はポーチからイミテーションの鍵を取り出す。
「何かあったのか?」
「まあ見てろ」
ニヤリと悪い笑みを浮かべ、俺は戸惑いなく台座にはめ込まれていた鍵を取る。 それと同時にがこん、と罠の作動する音がして台座が床に沈み左右の壁が動き俺たちの逃げ場をなくした。 クリスのぎょっとした顔に内心でニマニマしながら、空を切るヒュンヒュンという音を聞いて振り返る。 レールに沿ってゆっくりとしかし歩くよりも速いスピードで、それは迫ってきていた。
盾の側面から飛び出した四本の刃は勢い良くぐるぐると回っており、横を強引に通り抜ければ身体は確実にミンチになる。 甲冑の背丈はそこそこあり、クリスよりかは低いものの飛び越えれるような高さではない。 徐々に近づくそれにクリスは面白いほどに顔を真っ青にさせる。
「お、おい!ミズキ!」
緊張にクリスの声が少々上ずった。もう甲冑との距離は二メートルを切っていた。 流石にこれ以上は危険なので、もう片方に持っていた鍵のイミテーションを床に埋まった台座にはめ込んだ。
再び台座が浮き上がり、背後に迫っていた甲冑はクリスの目の前で動きを止め、ゆっくりと後退して元の位置へと戻っていった。
「おーい、クリス?」
青を通り越して、血の気すらない顔色でクリスは放心していた。 軽く目の前で手を振るとゆるゆると力ない表情で此方に顔を向けてくる。ちょっとおふざけが過ぎたようだ。 クリスの表情を見て少々反省しながら瑞希はへらりと笑った。
「大丈夫か?」
その問いかけにクリスは返事をせず、代わりに呪いのような呟きが吐き出された。
「ミズキ……今度お前が死にそうになっても助けてやらないからな……」
「……あは、ごめん」
だからそんな事言うなって。笑いながら謝罪するとクリスは疲れたように息を吐き出した。
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