- ナノ -


闇夜に響く笛の音:02






「じゃあ、吹くからな!ちゃんと助けてくれよ!」

「ああ分かった分かった」

本当に分かっているのか。適当な返事をしてきたクリスを半目で睨みつける。
びゅうと冷たい湿った空気が頬を撫でた。雨脚は幾らかおさまったようだ。雨の残り香を感じながら、ひんやりとした犬笛を咥え力いっぱい息を吹き込んだ。

――ピィイイイ

甲高い笛の音が辺りに響き渡ると同時に嫌な気配が猛スピードで近づいてくる。
犬笛を捨て、素早くガンホルダーからハンドガンを抜き出した。
その瞬間、犬笛の音に呼び寄せられたゾンビ犬二体が瑞希を目掛けて飛びかかってきた。

「ミズキ!下がれ!」

クリスが叫ぶよりも早く瑞希は後退し、ゾンビ犬の攻撃を避けた。
バクバクと心臓が脈打つ。ゾンビ犬は涎をたらし、ギラギラと目を光らせて此方を睨んでいる。
二体のうちのどちらかがジョン・トールマンが託した"ある物"を持っているに違いない。"ある物"を手に入れるには、倒すほか方法はない。
銃を握る手が汗ばむ。ごくりと唾を飲み、引き金を引く。

ぎゃん、と短い悲鳴を上げ、ゾンビ犬が吹き飛び細い金属製の手すりにぶつかった。
もう一体が此方に向かってくる。銃口をそちらに向けるにはあまりに瑞希は遅すぎた。
ずらりと並んだ鋭利な牙を剥き出し、ゾンビ犬が瑞希を喰らおうとする。

乾いた破裂音。

目の前でゾンビ犬が横に吹き飛んでいった。
洋館の外壁に突撃し、ゾンビ犬はぐちゃりと頭がつぶれて落ちる。
一瞬、何が起きたのか理解する事が出来ず、瑞希は呆けてその場に立ちつくした。

「ミズキ、大丈夫か?」

「あ、あぁ……助かった、ありがとう」

ぽんと肩を叩かれて我に返る。心配そうな顔をしたクリスが此方を見ていた。
小さく頷き、深呼吸をしてしっかりしろと自分を叱責する。油断をすれば死ぬ。今のははクリスがいたから良かったが。

重いため息を吐き出してから、動かなくなった二体のゾンビ犬を見下ろす。
一方をクリスが、もう一方を瑞希がそれぞれ屈みこみ、犬の首を確認した。

「げ……」

どうやら此方が当たりのようだ。太い皮製の首輪が犬の首に巻かれている。
嫌々ながらもぐちゃぐちゃになった犬の首になるべく触れないように首輪の止め具を外した。

血塗れた首輪を犬の首から引き抜く。ずしりとした重みのある首輪だ。
丁度首輪の中央の銀のエンブレムがあしらわれた部分の側面に小さなスイッチがある。親指で軽く押すとカチ、と音を立てて蓋が開いた。

中から四角い形をした銀のコインが出てきた。真ん中には鎧の紋章が印されている。
手のひらでコインを転がして、観察しているとクリスが隣からそれを覗き込んできた。

「なんだこりゃ?」

「これは恐らく――」

指先でつまみ、コインの側面の少し出っ張っている部分を引っ張る。
段階式に出っ張りが伸びた。形だけを見れば鍵だ。しかし、用途は鍵ではなくこれは――。
鍵を手に入れるために必要な鍵のイミテーションだ。これを使う場所が洋館の中のどこかにあった。鏃のときと同様、その場所までは覚えていないが。
ああもう全く、こんな事になるのならもっときちんと館内の仕掛けや場所をきちんと覚えておくんだった。
館内を適当に見ていた過去を後悔しながら、本日何度目かのため息を吐き出す。

顎に手を当て、眉間に皺を寄せ思い出そうと思考をめぐらせる。

「ミズキ?」

「あ、あぁ悪い、行こうか」

名前を呼ばれ、瑞希は我に返る。ついうっかり思考の海を漂いすぎて、クリスを忘れていた。
鍵のイミテーションをポーチに仕舞いながら、心配そうな顔を向けてくるクリスに瑞希は笑う。

「何だよ、その顔。ほら、先行くぞ!」

「……あぁ、そうだな、行こう」

そういえば、アルは無事だろうか。ふと、別れた友の事を思い出し、目を細め虚空を見上げる。
へましていないだろうかと考えてから、瑞希は小さく息を吐き出した。
手は貸さないといいながらも、結局自分はアルを気にしている。
馬鹿だな、俺も。自嘲気味に笑いながら瑞希は扉のノブを握り締めた。





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