- ナノ -


バスタブからこんにちは:01





ホールまで戻ってきた瑞希達は続いて一階の東側の部屋を調べる事にした。
薄暗い部屋の中央に水がめを持った女性の石造が置かれている。部屋の左右の壁には豪華な額縁の油絵が並んでいる。
あまりそういう類の物に興味のない瑞希は一通りをさらっと見終えてからクリスに声を掛けた。

「クリス、そっちは何かあったか?」

「いや……めぼしい物はなかったな……」

赤いカーテンのかけられた細い通路の奥を調べていたクリスは頭を振った。
瑞希はそれに小さく頷いてから、通路の隣の扉を顎でしゃくった。キーホールには剣のマークが掘り込まれている。
先ほど見つけた剣の鍵で開くはずだ。

クリスがベストから鍵を取り出し、差し込んで回す。カチリ、鍵の開く音がした。
黒塗りの扉のノブを捻り、次の部屋へと移る。細いL字型の廊下だ。
シャンデリアが等間隔で天井に吊り下げられており、辺りを照らしている。
壁際にはショーケースが置かれていてその中には高価そうな皿が並べられている。

「ったく、嫌な空気だ」

窓の外を除いたが、鬱蒼とした木々しか見えない。本日何度目かのため息を吐き出し、瑞希はげんなりした。
銃を構え、注意深く角を曲がる。突き当たりに扉が見えるのみでゾンビの姿はない。
瑞希とクリスはほ、と安堵の息をついて銃を降ろした。

「ミズキ、後何発ある?」

「えぇっと……」

クリスの問いかけに瑞希は腰のパウチに手を突っ込み、中をまさぐった。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……手の感触でマガジンの数を数えた。
全部で四つ。一つにつき15発、つまり60発。今入っているマガジンには11発弾が残っている。全て合わせて71発だ。

「71発と――……マグナムが16発だな」

「……多すぎだろ、半分俺に寄越せ」

「っておい、取るなよ!」

聞くやいなやクリスが俺のパウチに手を突っ込み、ハンドガンのマガジンを2個掻っ攫っていった。
制止の声を無視してクリスはさっさと自分もパウチに仕舞いこむ。

「俺はもうこのマガジンで終わりなんだよ。だから、な!」

「ああそうかい……」

な!なんて言って、瑞希の背中をばしっと叩いてくるクリスに抗議する気も失せる。
それにこれから行動を一緒にするのだから、弾が無いのなら譲らざるを得ない。ゾンビ退治は大方クリスにやってもらう予定だし。
突き当たりの扉をくぐる。

再び廊下のようだ。
右手にひし形のマークの付いた扉がある。左手には廊下が続いている。
瑞希が曲がり角に何もいない事を確認しているうちにクリスが扉を調べた。

「鍵が掛かってるな」

「またか……キーホールは?」

「いや、何にも書かれていないぞ」

クリスの言葉に振り返り、キーホールを確認した。言うとおり何も書いていない。
鍵穴を覗き込んだ。一昔前によくある単純な作りの鍵だ。針金さえあれば瑞希でも開けれそうだ……あれば、の話だが。
そういえばこの先はどこに続いていただろうか。

「うーん、鍵がない事にはどうしようもないな」

「後回しにして別の場所に行くか……」

「それがいいだろうな」

館は広い。まだまだ調べていない部屋もあるだろう。
ならば鍵の掛かった部屋は後回しにして、先に進む方が賢明だ。
ひし形の模様の付いた扉のすぐ傍の扉を調べる。ノブが回った。

どうやらバスルームのようだ。薄汚れたバスタブには緑がかった濁った水がたっぷりとはられている。
かびのような異臭を放つそれに瑞希は思わず鼻を摘んだ。口で呼吸する事すらも嫌になる程の臭いだ。
それに饐えた様な臭いまで混ざっているから堪ったものじゃない。

「……クリス、早く調べてくれ」

「全部俺任せか……」

鼻を摘みながら、指図する俺にクリスが呆れる。
文句を言いつつもバスルームを調べ始めた。洗面台から順番に奥のトイレ、バスタブ……。
バスルームにトラップは仕掛けられていないようで、何も珍しいものはない。
流石のスペンサー卿もバスルームにトラップを仕掛ける気はなかったらしい。誰でも風呂くらいゆっくり入りたいしな。

クリスが鎖を引っ張り、バスタブの栓を抜いた。
ぼこぼこと水が吸い込まれる音がして徐々に汚水が減っていく。

「うわぁっ!?」

「おわっ!?ってぇ……何だよ、クリス……!」

唐突にクリスが悲鳴を上げ、退いた。
丁度クリスの真後ろにいた俺はクリスに押され、洗面台に腰をぶつける。
腰を摩りクリスに文句を言いながら背後を振り返った。

「げっ!?」

ぎょっとした。全身ずぶ濡れで、身体は水を吸いふやけて所々が崩れていて骨が見えている。
水がなくなったせいだろうか。鼻を串刺しにする強烈な臭いがする。それが目と鼻の先にいる。
全てを確認するよりも前に瑞希は素早く銃をその眉間に押し付け、引き金を引いた。

タァン――

至近距離で撃ちぬいた反動で、ゾンビが勢いよくバスタブへと戻る。
ぐしゃり。後頭部のふやけた皮膚がバスタブの中で飛び散った。バクバクと心臓が五月蝿い。
胸元を左手で押さえ、引きつった表情で瑞希は足元に座り込んでいるクリスと目を合わせる。

「……入浴の邪魔したクリスが悪い」

「……それを言うならミズキも同罪だろう」

くだらない罪のなすりあいをして、瑞希とクリスは互いにため息をついた。





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